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2008年6月17日 (火)

夏の流れ

丸山健二の「夏の流れ」はショッキングな小説であった。死刑執行に立ち会う刑務官の生々しい一日の仕事の様子と、非番の時に家族と釣りに興じる全く平凡な日常とをコントラストに描き出し、その対比がより一層物語の緊張感を増幅させる希有の作品であった。作者は昭和41年、弱冠23歳で最年少(当時)の芥川賞受賞者となっている。

過去に、法務大臣に任命されて、自己の人生観から、死刑執行の同意書にサインをすることを拒む人が何人かいた。これは職務の懈怠という他ない。法務大臣の同意書へのサインは、裁判所によって判決が確定している事情に沿ったものであり、それはあくまで事務的な手続きによるわけで、サインを拒否する事自体あっては成らない行為である。法務大臣になる以上、職務内容は理解している筈で、己の価値観が同意書へのサインを拒絶するというのなら、大臣への就任を固辞すべきだったのである。

死刑制度の廃止という政策論と、現行法での死刑執行に対する批判は、峻別しなければならない。刑の執行は国家の威信に関わる問題であり、諸外国の事例を挙げて、執行そのものを批判することは論理的ではない。

ただ、秋葉原で起こった殺人事件を考えた場合、死刑の存在が犯罪の抑止力に繋がるという論理は、説得力がないようだ。一般人の想像を超えた境遇に押し込められた人物にとって、もはや極刑の存在は自己の行為に歯止めをかける防波堤の役割を果たすものではない。

宮崎勤の事件はよく憶えている。全く極悪非道な犯罪であった。しかし犯罪の発生から刑の執行に至まで20年の歳月が流れたというのは、どう考えるべきなのだろうか。私の中では制度の廃止の是非については、結論は出ていない。しかしながら国民の大多数が制度の存続を是認している。無論簡単に答を出せる問題でもない。


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