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2008年12月 1日 (月)

南日本新聞が夕刊を休刊

今朝、南日本新聞を読んでいると、「来年の3月より夕刊を休刊」との見出しが眼に入った。正直なところ驚いた。全国紙は、東京あたりでは朝夕刊がセットになっての購読が基本になっているのに比べ、地方紙の場合、朝刊のみという読者が多く、夕刊はそれほど読まれていない。そのため、ランニングコストという点でも採算割れを起こしていたのだろう。

近頃、南日本新聞を読んでいて、気になることがある。「ひろば」と呼ばれる投稿欄に40代以下の読者の投稿が少ないのである。反面、50代以上の高齢者の投稿が目立つ。これは何を意味するのかというと、私見ではあるが、新しいメディアへの順応能力の年代的格差とパラレルに結びついていると思う。40代以下の世代だと、社会人になった時点で、会社においてコンピューター等の導入がほぼ整えられ、それらの操作についても無理なくこなすことができる。これらの世代は、新聞を代表とした活字メディアへの依存は絶対なものではない、と推測できるのである。インターネットなどの新しいメディアを含めて読者の選択肢が多いからだ。

しかしながら、私が危惧するのは以下のことである。新聞は民主主義における選挙民の政治への太いアクセスを担保するために、観念づけられてきた。政治参加を前提にする上で、政治の実情を知ることは欠かせない。選挙民の手足となるべく、選挙民のために、選挙民を代表して政治への取材活動を行う、すなわち受け手(選挙民)と送り手(新聞)との間の自同性(利害関係の一致)が基本となるのである。

新聞が選挙民たる読者に対して責任を負うという視点から、新聞は読者から購読料を徴収するのである。ところが、インターネットや携帯電話などの新しいメディアによるニュース情報は、無料の場合が多い。これは情報に対してスポンサーが存在し、そのスポンサーが情報に要する費用を負担しているのである。無論、従来型のテレビやラジオなどの民間放送についても同じことが言える。それらは、メディアが情報の受け手の側に立つというよりも、スポンサーの顔色を気にするという点で、不安定な問題が生じる。新聞は読者に対する責任を担保する意味で有料であるべきなのである。

日本が世界に誇るべき新聞の宅配制を将来にわたって維持するのは難しいかもしれない。新しいメディアは、その速報性、効率性において優れているからだ。夕刊が休刊されるということは非常に残念だが、それでも、将来にわたって、読者に責任を負う意味で、新聞の有料購読は維持するべきである。

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