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2010年7月29日 (木)

歓迎、中学生親善使節団!

今年も岐阜県大垣市と山形県鶴岡市から中学生親善使節団が来鹿した。両市の鹿児島市とのつながりについて、簡単に説明しよう。

徳川幕府が宝暦年間(1754〜1755)に薩摩藩に命じた木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川)の治水工事は、藩に莫大な出費と犠牲を強いることになった。工事責任者の家老、平田靱負は、工事終了とともに、責任をとって自刃。この薩摩義士の遺徳を偲び、大垣市とは1963年より友好都市の関係にある。

幕末の戊辰戦争において、庄内藩は薩摩藩と激しく戦火を交えた。戦後処理にあたって、西郷隆盛が庄内藩に対して、極めて寛大な措置をし、このことを知った旧庄内藩士等が西郷を慕い、薩摩との交流を深めた。有名な「南洲翁遺訓」は、旧庄内藩士等が編纂したものである。現在の鶴岡市とは、兄弟都市としての交流が1969年より続いている。

宝暦年間の江戸幕府による治水工事の命が、薩摩の恨みを買い、幕末の戊辰戦争に繋がったともいえるし、その戊辰戦争で戦火を交えたもの同士が、西郷隆盛という人物の徳によって、深い交流を続けているのだから、不思議な縁というしかない。

大垣市と鶴岡市の方々が、日本の南端の鹿児島市との交流をかくも大切にしてくれていることに、現在に生きる我々としては、恐縮をしつつも、感謝したい。この交流がずっと続いてくれることを願ってやまない。

Ogaki
鹿児島市電「大垣号」1992年8月撮影

Siden1
鹿児島市電「鶴岡号」2003年2月撮影

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