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2011年3月27日 (日)

3月11日金曜日、鹿児島中央駅にて(3)

翌日に九州新幹線全線開業を控え、他方で485系との別れを惜しむ鉄道ファンやその最後の日の様子を取材するテレビ関係者の姿をホームで見かけた。誰もこの日の午後にあの大惨事が起きようとなど考える筈もなかった。私個人としては、明日の新幹線の開業セレモニー自体には余り関心はなく、一人の鉄道が好きな中年男として、静かに485系の最後の姿を記憶に留めたいと思った。

地元のほか、県外のテレビ局も取材していたが、このとき撮ったニュースソースが実際に使われたかどうかは分らない。震災報道で埋め尽くされた番組構成に、恐らく485系のニュースが入り込む余地は無かったであろう。もっとも、そういった事情を知る由もなく、私はこの場の雰囲気に浸っていた。

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取材クルーと一緒に、一般客も記念の一枚を。

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特急「きりしま」出発直前の4番ホーム。

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485系クハ481-256

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余韻を残す間もなく485系は鹿児島中央駅から遠ざかった。

列車が去った後、自分が何故485系に惹き付けられるのかを考えてみた。無論メカニックな部分への興味もあるだろうが、恐らく鉄道と駅という不可分な要素から導きだされる郷愁ではなかろうかと理解してみた。彼の485系の姿は乗り継ぎの博多駅のホームと結びつき、有明海の夕景と結びつき、そして懐かしい「西鹿児島駅」の駅舎と駅前の風景と密接に繋がりを見せるのだ。紛れも無く故郷への思いそのものである。

岩手県出身の石川啄木は、歌集「一握の砂」のなかで、「ふるさとの訛りなつかし停車場の人込みの中にそを聴きに行く」と詠んだ。駅、鉄道は、とめどない故郷の匂い、そして連想と結びつく。この線路はまっすぐに故郷の大地に続いているのだと。「思い出」はあくまで心の中に理想像としてしまい込めるのだと感じ入った。

3月11日金曜日、鹿児島中央駅にて(1)
3月11日金曜日、鹿児島中央駅にて(2)

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