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2011年11月

2011年11月29日 (火)

美味しさに感謝

パリのホテルでルームサービスを頼んで運ばれてきた朝食は、マグカップになみなみと注がれたカフェオレと、かご一杯のクロワッサンだった。サラダがつくわけでもなく、ベーコンが添えられるわけでもなく、極めてシンプルなものであったが、緯度が高いパリの冬は夜が明けるのも遅く、温かいカフェオレとバターたっぷりのクロワッサンは贅沢この上ないものだった。

ベルリンのデリカテッセンで買い求めたサンドイッチはバゲットに厚切りのサーモンやニシンの薫製が挟まったオープンサンドで、ボリューム満点で食べ応えがあった。ドイツといえばライ麦パンが有名だが、黒いライ麦パンは酸っぱくてあまり美味しくないので、小麦で作られたバゲットなどのフランス系のパンをよく見かけた。

日本人がクロワッサンやバゲット、ベーグル、あるいはフォカッチャ等を食べながら、カフェオレやカプチーノを楽しむのと同様、EU統合で、人の往来が自由なヨーロッパでも食文化はボーダレスになっており、フランス人が普通にエスプレッソを楽しみ、ドイツ人が普通にクロワッサンをほおばる。ごく当たり前の光景だ。

某所の待合室で地元のタウン誌を眺めていたら、「ベッカライ・ダンケン」の新店がオープンした記事を見つけた。欧風の瀟洒な店構えで、パンが好きな私は居ても立ってもいられなくなった。新しい谷山店は新興住宅地の比較的広い道路沿いにあり、ピークの時間帯を避けたつもりであったが、24台分のスペースがある大きな駐車場は満車で、しばらく空くのを待たねばならなかった。盛況ぶりがうかがえた。

"BÄCKEREI DANKEN"というドイツ語の名前ながら品揃えは多国籍で、バゲット、デニッシュ、ドイツパン、そしてアンパンや調理パンなどが、広い店内に所狭しと陳列されていた。イートインスペースもかなり広く、ほとんどが女性である来客に格好のティータイムの場を提供していた。

私はグラハムパンを一斤購入した。発酵にはルヴァンを使用しているようだ。食パンはパン屋の実力を知る上で格好のサンプルになる。パンの旨味が解り易いからだ。掛け値なしで美味しかった。私も自家製の天然酵母でパンを作るので、それが大変なのは理解しているつもりだが、これだけ美味しくて、しかも安いと素人の出る幕がなくなってしまう。パン作りはプロのパン屋に任せた方が利口ということか。

鹿児島でこんな美味しいパンを賞味できる今の時代にまさに「感謝」。

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新しい住宅地にオシャレな洋風の店構えが目を引く。


ベッカライ・ダンケンの公式サイト

2011年11月 8日 (火)

ゼロの焦点

iTunes Storeの邦画の作品を眺めていたら「ゼロの焦点」を見つけた。一昨年、松本清張生誕100周年を記念して東宝で映画化されたが、こちらは1961年の松竹映画で、監督は1974年の「砂の器」も指揮した野村芳太郎さんだ。私は2009年の東宝作品は観ていないが、小説が松竹作品より僅かに前に発表されているので、ほぼ同時期の映像化とみていいだろう。

映画から伝わってくるリアリティは相当なもので、金沢行きの列車が蒸気機関車であり、能登の寒村を走るバスがボンネットバスであったりと、これらの車両に執着心のあるマニアであれば、それだけでも観る価値はあるのではないだろうか。

作品のキャストを眺めても心躍るものがあり、まさにオールスターによる競演が実現している。脚本は「羅生門」「七人の侍」などの黒沢作品の脚本家として有名な橋本忍、そして「男はつらいよ」の山田洋次。音楽は芥川也寸志。ちなみに俳優陣は以下のごとく。まさに豪華絢爛という言葉がぴたりと当てはまる。

鵜原禎子:久我美子
室田佐知子:高千穂ひづる
田沼久子:有馬稲子
鵜原憲一:南原宏治
鵜原宗太郎:西村晃
室田儀作:加藤嘉
本多良雄:穂積隆信

学生時代、私も金沢には行ったことがある。友人等と夏休みに一台の車に便乗し、上高地、飛騨高山、富山、金沢、能登半島と巡ったのだ。8月の暑い盛りであったので、映画のような疾風吹き荒れる冬の日本海のイメージとはほど遠く、恋路海岸は海水浴客で賑わい、また作品の舞台の一つとなる羽咋で宿をとったのが思い出深い。輪島の朝市も訪れた。

ストーリーは小説の内容をほぼ踏襲しているが、エンディングにかなり修正が施されており、鵜原禎子と室田佐知子、すなわち被害者と加害者が「ヤセの断崖」で対峙するという場面が用意されている。原作では事件の真相を突き止められ、自殺に走るであろう室田佐知子を止めるために、鵜原禎子が室田佐知子の後を追うのであるが、時既に遅く、荒れる日本海に小舟で向かい身を投じる室田佐知子の姿が描写され、物語は完結する。

松本清張の作品の根底に流れているもの、それは世のなかに忘れ去られたように潜む弱者への心配りと深い洞察力にあると思う。「或る小倉日記伝」において、障害をもつ主人公と、その息子を温かく見守る母親の愛に心打たれるし、本作においても、戦後の混乱期における不遇を乗り越えて、逞しく生きようとする女たちのすがたに、気遣いを向ける作者の愛情が感じられる。この映画は紛れもなく佳作である。

ゼロの焦点

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