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2012年12月31日 (月)

カルメン故郷に帰る

木下恵介という名前を知ったのは、テレビドラマが最初だった。TBSの「木下恵介アワー」の作品を幼いころ観た記憶があった。「おやじ太鼓」や「二人の世界」のことは憶えている。たぶん、あおい輝彦の主題歌がヒットした影響だろう。

木下恵介監督の生年月日が1912年の12月5日で、今年は生誕100周年にあたるので、年末になって彼の作品に触れる機会が多くなった。映画「カルメン故郷に帰る」もそのひとつだ。この作品が「日本で最初の総天然色映画」という位置づけだけが私のなかに記憶され、詳しい内容はほとんど知らなかった。

NHK-BSで放送されたのは、監督の生誕100年を記念して発売されたデジタルリマスターによるBlu-ray Discだと思われる。リマスター盤以前のものを私は知らないが、映画の制作にあたってはかなりの苦労があったようだ。そのことはWikipediaに丁寧に記されている。

主演の高峰秀子は、戦前から戦後にかけて活躍された名女優で、同じく名優の小林桂樹が2010年に亡くなられたとき、追悼番組として映画「名もなく貧しく美しく」がやはりNHK-BSで放送され、片山道夫(小林桂樹)の妻秋子を演じた高峰秀子の人となりを知ることになった。

高峰の代表作、映画「二十四の瞳」は1954年に公開され、同じく「名もなく貧しく美しく」は1961年に封切られており、いづれも清楚なイメージが共通するので、1951年に発表されたこの「カルメン」のリマスター盤に私はかなり衝撃を受けた。ぶったまげたのだ。

映画と言えば、浅間山の麓、軽井沢で生まれた主人公が実家を飛び出し、東京でリリイ・カルメンというストリッパーとして有名になり、その勢いで故郷へ凱旋し錦を飾るという話だが、リリイとその同僚のマヤ朱美に向けられる村人の好奇の眼、否、白眼視は物語の性格を端的に表している。芸術家気取りの娘のおきん(リリイ)の変わり果てた姿に頭を抱える父との対比を木下恵介監督はおもしろ可笑しく描く。

この作品の持つ開放感は何なのだろうか。劇場公開が1951年3月で、終戦から5年あまりしか経っていない。おそらく抑鬱な戦前の軍国主義のモノクロームのイメージを払拭して、カラー映像による屈託のない、自由主義を謳歌することを目指したのだろうか。その象徴が天然色であり、リリイ・カルメンのキャラクターかもしれない。

リリイの父が娘のことをその姉に語るくだりが傑作だ。「リリイが子供の頃、牛に蹴飛ばされて、口から泡を噴いて倒れていた。それ以来、頭が変になった。」と真顔で語るのだ。娘が事故で気が触れたと真剣に語る父と、そうではなく、都会の刺激的な生活に感化され、芸術家を気取るリリイのそれぞれの意識のギャップが死ぬほど可笑しい。

後年、「二十四の瞳」等々の木下作品に多く出演し、楚々としたイメージで観客を魅了した高峰秀子が、この「カルメン」では、売れっ子のストリッパー役をこなし、時として大腿部をも露にし、大胆な踊りをお披露目する。その大女優としての潔さに圧倒される。尚、本作は一級の娯楽大作として、現在においてもその輝きは全く色褪せない。

それにしても日本で最初のオールカラー映画がこの「カルメン故郷に帰る」だったとは。当時の映画ファンの驚きが想像できるぞ〜。

カルメン故郷に帰る(松竹の公式サイト)

カルメン故郷に帰る(Wikipedia)

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