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2013年7月15日 (月)

アンソニー・クイン

私はアンソニー・クイン(Anthony Quinn)という俳優を淀川長治さんの「日曜洋画劇場」で放送された「25時/La Vingt-cinquième heure」を観て初めて知った。この映画は1967年の作品で、監督はフランス人のアンリ・ヴェルヌイユ。ルーマニアの農夫ヨハン・モリッツ(アンソニー・クイン)は突然愛する家族と切り離されて、ユダヤ人としてナチスの強制収容所送りとなる。そして、ひょんなことからナチス親衛隊員の目にとまり、今度は理想的なアーリア人とされるのだが、ナチスに加担したとして戦後ニュールンベルグ裁判で訴追され、結局無罪放免となり、愛する家族と故郷で再会して幕が下りるというストーリーである。

映画を観たのは小学生の時だったと思う。かなり昔の話だが、そのタイトルが「25時」という、少し風変わりで、覚え易かったということ、そしてA.クインの風貌が個性的で、強烈な印象が焼き付いて離れなかった、その2点で子供の記憶に留まることになった。したがって彼のことを了知していたわけではなく、後年彼が出演した数多の作品を眺めるにつけ、「あの25時の俳優さんだ」と再確認するのだった。

Wikipediaによれば、彼は1915年4月21日に、メキシコで生まれた。父親がアイルランド系で、母親はアステカ族系とある。彼は実に多国籍な役回りを演じている。エリア・カザン監督の「革命児サパタ/1952年」ではメキシコの革命家、エミリアーノ・サパタ(マーロン・ブラント)の兄、ユーフェミオを演じ、アカデミー賞の助演男優賞(生涯に2回受賞)に輝いている。F.フェリーニの「道/1954年」では粗雑な旅芸人のザンパノを演じた。彼は身長が185cmあったらしく、その屈強な骨格は映像を通して確認できる。

その他、「炎の人ゴッホ/1956年」ではフランス人の画家ゴーギャン、「ナバロンの要塞/1961年」ではギリシャの軍人、「アラビアのロレンス/1962年)ではアラブのハウェイタット族の首長、「マルコ・ポーロ 大冒険/1965年」ではモンゴルの皇帝クビライ、「サンタ・ビットリアの秘密/1969年」ではイタリア人の町長、「ラスト・アクション・ヒーロー/1993年」ではロスのマフィアのボスと、変幻自在に役柄を演じ分け、映画界随一のユーティリティプレイヤーとして名を馳せた。

クインは若い頃、色々な職業を経験した。プロボクサーをしたり、世界的な建築家のフランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright)に建築を学んだこともあった。彼が高校生のとき、絵画などに非凡な才能をみせ、その後、建築のコンテストのデザインが評価され、奨学金を得て、F.L.ライトのアリゾナの自宅兼アトリエ、ウエスト・タリアセン(West Taliesin)やウイスコンシンの夏の避暑地、タリアセン(Taliesin)で、建築の勉強に勤しむことになった。建築家の安藤忠雄氏も若い頃はボクサーをしていたということなので、なかなか興味深い逸話だ。彼はライトに勧められて、手術の後などに行われるスピーチセラピー(speech therapy)という専門職のレッスンを受講し、このことが、彼の60年以上に及ぶキャリアへのきっかけとなった。

Anthony Quinn(Wikipedia)


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