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2013年9月24日 (火)

映画「東京オリンピック」

映画「東京オリンピック」は市川崑氏が監督を務めた作品で、1965年3月に劇場公開され、2,350万人の日本人がこの映画に歓喜した。製作費3億5360万円に対し、興行収入は12億2321万円だったのだから全く恐れ入る。以前NHK-BSで放送されたものをDVD-Rに録画していたので、再び観ることにした。

世界93の国と地域からエントリーがあり、5133名が参加。1964年10月10日から24日まで開催された。開会式での入場行進の先頭はもちろんギリシャ。エチオピアの旗手はアベベ・ビキラが務めた。オランダの旗手はアントン・ヘーシンクだ。エジプトの国名は昔の「アラブ連合」となっている。当時東西に分裂していたドイツは統一チームとして一緒に行進。電光掲示板には"Citius,Altius,Fortius"の文字が。より速く、より高く、より強く、という意味のオリンピック標語だ。数多くの種目の中から私が印象に残ったものをここで採り上げてみた。

画面に男子の100M走に出場し、10.0という当時の世界記録タイをマークし、優勝したアメリカのボブ・ヘイズの勇姿が映し出された。東京までは土のトラック(全天候トラックが採用されたのはメキシコから)だ。彼のスタイルはまさにパワー走法。左右の振幅が大きく、空気抵抗を全身に受けている感じ。ウサイン・ボルトやタイソン・ゲイ等、現代のトップアスリートの走法とは全く違う。尚、ボブ・ヘイズはNFLのワイドレシーバーとしてのイメージの方が本国では強いかもしれない。
ボブ・ヘイズ(Wikipedia)

東京での男子走り高跳びの金メダリストはワレリー・ブルメル(ソ連)だった。優勝記録は2.18M。映像をしばらく眺めると、ふと気づくことがある、ほとんどの選手がベリーロールで挑んでいるのだ。そう、メキシコオリンピックの覇者、アメリカのディック・フォスベリーが初めて披露したところから背面跳びは英語で"Fosbury Flop"と呼ばれる。優勝したフォスベリーの記録は2.24M。そして周知のように背面跳びは現在のハイジャンプの主流であり、世界記録保持者はキューバのハビエル・ソトマヨル。2.45Mの記録は20年間破られていない。
ワレリー・ブルメル(Wikipedia)
ディック・フォスベリー(Wikipedia)
ハビエル・ソトマヨル(Wikipedia)

陸上男子10000Mのゴールドメダリストはアメリカのビリー・ミルズだった。彼はアメリカインディアンの血を引く選手で、そのため幼い頃から数多の人種差別を受けた。このあたりについてはウィキペディアに詳しく記されている。ところでセイロン(現スリランカ)のカルナナンダ選手のことを覚えている方も多いと思う。彼は周回遅れで最後にゴールしたにもかかわらず、レースを諦めず走りきり、観客より万雷の拍手を贈られた。そしてこの美談は小学校の教科書でも採り上げられた。
ビリー・ミルズ(Wikipedia)
ラナトゥンゲ・カルナナンダ(Wikipedia)
Incredible Moment As Underdog Billy Mills Wins 10,000m(YouTube)

競泳女子100M自由形はオーストラリアのドーン・フレーザーのオリンピック三連覇がかかっていた。イギリスのSpeedo社の「レーザー・レーサー」を着用した選手が世界記録を連発し、北京オリンピックにおいても急遽日本選手が使用したことは記憶に新しい。50年前の東京オリンピックでは、冷泉麻子も感激しそうな、スクール水着タイプのものが主流だった。しかも優勝したフレーザー選手にいたっては、ゴーグルはおろか、スイミングキャップすら着用していない。記録は59.5秒。現在の世界記録は52.07。表彰式ではイギリス国歌"God save the Queen"が流れた。現在の国歌は"Advance Australia Fair"で、正式採用されたのは1984年だそうだ。因みにドイツ統一チームが優勝した場合、ハイドンが作曲した"Das Deutschlandlied"(モンパイのネタにもされたあの曲)ではなく、ベートーヴェンの「歓喜の歌」が使用された。
ドーン・フレーザー(Wikipedia)
Australia's Olympic Icon - Dawn Fraser - Tokyo 1964 Olympics(YouTube)

ジョー・フレージャーはアマチュアのボクサーとして、東京オリンピックに出場した。モハメッド・アリと死闘を演じたときのイメージからすれば、とてもスリムで精悍な雰囲気を漂わせている。試合後、特に気負う様子もなく、トレーナーと二人、淡々とした表情で試合会場から立ち去る後ろ姿が印象に残った。
ジョー・フレージャー(Wikipedia)
Joe Frazier Annouces Himself On The Olympic Stage With Gold(YouTube)

マラソンは「オリンピックの花」であり、取りを務める種目でもある。エチオピアのアベベ・ビキラはローマに続いて2連覇を果たした。日本の円谷幸吉は国立競技場へ2位で戻ってきたが、トラックでイギリスのベイジル・ヒートリーに抜かれ、3着となった。途中の給水ポイントでは、完全に立ち止まり、ドリンクを飲み干すもの、左手を腰に置いて、堂々とラッパ飲みするものなどがいる。「参加標準記録」が導入された現代では決して見ることのできない、「参加することに意義がある」時代の光景。
アベベ・ビキラ(Wikipedia)
円谷幸吉(Wikipedia)
Tokyo Olympiad - The Marathon(YouTube)

オリンピックは世界の人々と幅広く交流できる良い機会である。1回目の五輪は国威発揚を示す意義があった。コダック社製の35㎜フィルムに映し出された日本人は皆良い顔をしていた。2回目はより成熟した日本国の価値観を示す意味がある。7年後のオリンピックを見事に映像化する担い手は誰だろうか。それも楽しみだ。
東京オリンピック(Wikipedia)

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