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2013年11月 2日 (土)

死の棘

映画「死の棘」は島尾敏雄の同名の小説「死の棘」が原作であり、小栗康平監督によって1990年に映画化され、同年、カンヌ映画祭でパルムドールに次ぎ、審査員グランプリに輝いた名作である。但し、それほど古い作品でないものの、鑑賞する媒体が限られ、視聴するのが困難であったが、アップルのiTunesに作品が掲載されていることを知り(しかもかなり廉価で)、観ることにした。

「おまえ、どうしても死ぬつもり?」との敏雄の問いに、「あなた様と言いなさい。」とミホが応える、いわば禅問答のような場面から物語は始まる。率直な感想だが、映画の方が簡潔で、解り易いと思えた。小説は500頁を超える大作ながら、敏雄とミホの押問答が延々と続き、そのなかに「死」と隣接した情景が幾度も展開され、読む側の気分も次第に萎えて行く。

新宿で乗りかえるとき、妻は奇声をあげて出口の階段のほうに駆け出した。(中略)あいつがいた、あいつがいたと目を据えて妻は叫んだ。」下線部は島尾敏雄「死の棘」新潮文庫180頁からの引用。あいつとは浮気相手を指しており、ミホは常に幻覚に襲われている。

伸一、早く来て!早く、早く。おとうさんが死のうとする!と叫び、ふたり一緒になって手ぬぐいや紐を巻きつけて引っぱっている私の腕にかじりついてくる。下線部は島尾敏雄「死の棘」新潮文庫266頁からの引用。

トシオ、こいつの足をしっかりおさえてちょうだい。あたしの指はもうこわばって動かない。あなた、まさか、こいつの身方をするんじゃないないでしょうね」下線部は島尾敏雄「死の棘」新潮文庫433頁からの引用。映画では浮気の相手(木内みどり)が引っ越した佐倉の新居まで押し掛け、ミホ(松坂慶子)がその女と取っ組み合いの喧嘩を始め、トシオ(岸部一徳)は呆然とその場で傍観している。

私の疑問は何故ミホがこうも粉々に精神が壊れたのかということだ。それについては、鹿児島の「かごしま近代文学館」にて「島尾敏雄写真展」が11月18日まで開催されており、足を運んでその疑問が多少明らかになるのではと考えた。

島尾ミホ(旧姓大平ミホ)は奄美群島の加計呂麻島で生まれたが、学生時代を東京で過ごし、日の出高等女学校(現日の出学園)を卒業後は植物病理研究所で菌の人工栽培研究の助手を務めた。病気を理由に加計呂麻島へ戻ったが、都会的な洗練された雰囲気とその美貌は、当時海軍の特攻隊長として島に赴任した敏雄をも虜にしたのだろう。

目映いほどの海軍士官としての敏雄に惹かれ結婚しながら、一人間としての「トシオ」に浮気され、裏切られたミホの心中は勿論他人が計り知り得るものではないが、彼女は単に「雛には稀な美人」でもなかったことも事実である。

恐らく映画を観た方がこの作品の全体像が捉え易いと思う。小説は島尾敏雄の日記を下地に描かれており、延々と事実たる内容が、文脈をあまり意識せずに記されている。現状ではDVDなどの媒体を入手するのが困難な以上、iTunesを利用するのが良いと考える。

尚、写真展においては、敏雄がミホに書かされた絶対服従の「誓約書」が展示されていて、それはそれとして生々しい事実を垣間見ることができた。


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