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03/14/2014

ケーニヒスベルク

学生時代に単位習得のために、「般教」で哲学を選択した方は結構いるだろう。意外に取り易かったのかもしれなし、時間割の上で都合が良かったのかもしれない。その中でカント(Immanuel Kant)の哲学に少しは目配りした方もいるだろう。 「純粋理性批判」とか「実践理性批判」とかの著書、あるいは「観念形態」とか「アプリオリ」とか、「コペルニクス的転回」などの哲学用語を記憶に留めた方もいるだろう。こう記す私も掘り下げて哲学を勉強したわけではない。単位習得という極めて打算的な手段に他ならなかった。

カントは1724年にプロイセン王国の首都、ケーニヒスベルク(Königsberg)に生まれた。当地は1255年にドイツ騎士団によって建設され、バルト海に面して、軍事及び交易の要衝として発展した。プロイセン最大の都市として、貿易により巨万の富を享受し、繁栄を極めた。

しかしケーニヒスベルクは第二次世界大戦において、ソ連軍の攻撃を受け、市街地は徹底的に破壊され、犠牲者は軍人、民間人を合わせて4万人以上になった。戦後はポツダム協定により、ソ連がそのまま駐留を継続することになった。ソ連は当地の名称をカリーニングラード(Kaliningrad)に変え、ソ連の工業の発展に寄与した。バルト海に面して、リトアニアとポーランドに挟まれた飛び地として、バルト艦隊の本部もこの地においた。

ウクライナ問題で、西側の結束が顕著だ。日本としては、北方領土問題を念頭においた、ロシアへの微妙な舵取りが必要となった。ヤルタ会談で有名なヤルタはクリミア自治共和国にある。西側に睨みを利かせる黒海艦隊のウクライナ駐留を堅固なものとするためにも、ウクライナとクリミアのパイプはロシアにとって必要不可欠だ。

カリーニングラードとクリミア自治共和国のケースは非常に似ている。ロシアが目指す方向性はウクライナを挟んで、クリミアを飛び地として実効支配する目論みがあるのだろう。バルト艦隊と黒海艦隊の役割を重要視する点でも良く似ている。ロシアへの経済支援の見返りとして、北方領土返還を餌にされ、プーチンに翻弄されないよう、気をつけましょう、安倍晋三君!

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