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2014年5月27日 (火)

霧島縦走PART3(発見・鹿児島!)

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新燃岳の火口の縁、その先には高千穂峰がひょっこりと頭をもたげている。

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新燃岳山頂より中岳、高千穂峰を望む。
ここで昼食をとる。何と言う贅沢な展望だろうか。視覚的には韓国岳よりずっと高千穂を目指してきたという感じに近い。

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桜島、霧島連山の眺望(笠沙の海岸より) 
深田久弥の「日本百名山」によれば霧島より野間岳も見えたとある。写真は以前笠沙、坊津の特集のために撮影したときの一枚であるが、これによって「古事記」の記述が地理的にみても客観性があるといえそうだ。

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30分ほど休憩をとり、新燃岳を下山する。ふと、後ろを振り返ると、息を呑むような碧空がひろがっていた。

高千穂峰と日向神話
古事記には「かれここに天津日子番能邇邇芸命に詔りたまひて、天の石位離ち、天の八重たな雲を押し分けて、いつのちわきちわきて、天の浮橋にうきじまり、そりたたして、竺紫の日向の高千穂のくじふるたけに天降りましき。」とある。すなわち天よりニニギノミコトは筑紫(九州)の日向の高千穂峰に天降りになり、また「此地は韓国に向ひ、笠沙の御前に真来通りて、朝日の直さす国、夕日の日照る国なり。かれ此地はいとよき地、と詔りたまひて」と続き、その後の展開が阿多隼人の本拠地である笠沙の岬に向かうことを予感させるものとなっている。話の展開の意義については笠沙・坊津(発見・鹿児島!)のところでも既に触れた。

高千穂峰の「タカチホ」の本来の意味は収穫祭において積み上げられた稲穂を指し、その上に穀霊が天降るという信仰そのものを表したものである。そして穀霊であるニニギノミコトが聖なる峰に天降るという天孫降臨のはなしは、新羅や加羅の国の神話とも共通しており、日向神話が朝鮮や中国などの大陸系文化の影響を強く受けているものであるとされている。

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中岳山頂にて 
高千穂河原からの登山者も多く、山の上はやや混んでいた。

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高千穂峰(中岳下山途中にて)
中岳より高千穂河原までは急峻な下りで、足にかなりの負担がかかるため、無理をせず山頂で休憩時間を十分に取った方が無難。

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高千穂河原にて 
写真を撮りながらゆっくり歩いたので到着は午後一時半過ぎとなった。週末で、久しぶりの快晴であったため、高千穂河原はかなり混雑していた。えびの高原に車を置いてきたので、タクシーを拾うことにする。料金は3千円ほど。ほっと胸を撫で下ろす。

撮影2002年5月

新燃岳の噴火について
新燃岳は平成23年(2011)1月19日に大規模な噴火をおこし、火山活動が活発になった。都城市などに多量の火山灰を噴出し、火口には巨大な溶岩ドームが出現した。そして火口湖は全く姿を消してしまった。当初は噴火警戒レベル3の入山規制が敷かれたが、火山活動が沈静化しつつある現在、噴火警戒レベル2の火口周辺規制へ引き下げられた。しかしながら新燃岳、中岳、獅子戸岳への登攀は今も固く禁じられている。霧島連山の入山については公的機関のサイトの規制情報を必ず参照して欲しい。

参考資料
鹿児島県の歴史 原口泉 永山修一 日隈正守 松尾千歳 皆村武一 山川出版社(1999)
古事記 次田真幸(全訳注) 講談社(1977) 
ハヤト・南島共和国 中村明蔵 春苑堂出版(1996)
神になった隼人 中村明蔵 南日本新聞社(2000)
日本百名山 深田久弥 朝日文庫版(1982)
霧島の花ごよみ 大工園認 南日本新聞社(1994)
霧島の花 川原勝征 南方新社(1999)
霧島花だより 川原勝征 南方新社(2000)
環境法入門 畠山武道 大塚直 北村善宣 日本経済新聞社(2000)

霧島縦走PART1(発見・鹿児島!)

霧島縦走PART2(発見・鹿児島!)


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