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2014年6月 4日 (水)

高熱隧道

映画「黒部の太陽」をDVDで観た。この作品は黒部川第四発電所(以下黒四と略す)建設の苦難を描いた大作で、監督は社会派映画の巨匠、熊井啓。1968年に公開され、興行収入が7.9億円となり、大成功を収めた。制作当時、映像文化は映画会社が影響力を誇示しており、東宝から独立した三船敏郎と日活から独立した石原裕次郎は、五社協定の壁に突き当たっていたが、関西電力からの協力を取り付け、最終的には映画会社との和解がはかられ、配給は東宝と日活が担うことになった。

劇中、宇奈月温泉から黒部川第三発電所(以下黒三と略す)まで、関西電力の北川(三船敏郎)等は黒部峡谷鉄道で向かう途中、高熱トンネルを通過するのだが、同行した佐藤工業の森(宇野重吉)から、ここは地獄だったと聞かされる。黒三建設のため設けられた鉄道用のトンネル工事が温泉湧出地帯に突き当たり、日本の建設史上最悪の犠牲者を出した。黒三のことは黒四の建設ほどは知られていない思うので、吉村昭の小説「高熱隧道」に記された史実を追ってみることにした。

日本電力(本社大阪市)による黒三建設が動き出したのは昭和11年(1936)9月からである。戦時下の阪神地区の電力需要に呼応するためであり、国家的なプロジェクトであった。第一工区の阿曾原谷横坑が温泉湧出地帯に及び、岩盤温度が70℃を超える事態となった。更に中心部では100℃を記録し、ダイナマイトが自然発火する恐れが出てきた。法律の規制では40℃が上限だった。

昭和13年(1938)8月23日、岩盤にダイナマイトを装填中に爆発し、8名が死亡した。工事責任者の藤平(架空の人物)は気づいた。「あわてて眼の前の湯の中に揺れている桃色がかったものに視線をもどした。しばらく、それが内蔵のはみ出た胴体の一部であるらしいことに藤平は気がついた。」「根津は、岩肌にへばりついた肉塊をそぎ落とし、湯の底からちぎれた衣服のついている黒いものを抱き上げる。そして、服をかがめてトロッコに近づくと、箱の中へ押しこむ作業をくり返しはじめた。」下線部は高熱隧道 吉村昭 新潮文庫67〜68頁からの引用。尚、根津も架空の人物。

昭和13年12月27日午前3時30分頃、志合谷で泡雪崩がおきた。鉄筋コンクリート5階建ての宿舎は2階以上は跡形もなく消えてしまった。泡雪崩は宿舎の北東700メートルの峻険な山の傾斜で発生した。雪庇が1000メートルにわたって大崩落し、泡雪崩を発生させた。犠牲者は84名に及んだ。

富山県や県警本部の度重なる工事中止勧告にもかかわらず、現実に工事が中止されることはなかった。志合谷の犠牲者の遺族へ天皇陛下より御下賜金の下附決定がなされた。これは中央政府による絶対的な工事の続行を意図し、地方の行政機関が容喙できる事柄ではなかった。大日本帝国憲法下の日本人は「臣民」と呼ばれた。そして天皇の統帥権を隠れ蓑にして、中央政府すなわち軍部が、過酷なまでに日本人を隷従させ、大戦を指揮した。

黒部第三発電所建設工事は、仙人谷ダム完成を最後に、昭和15年11月21日に完工。全工区の犠牲者は三百名を越えた(中略)この建設工事を計画し指導した日本電力株式会社は、この難工事を最後に、戦争遂行のために設けられた電力国家管理法にもとづいて解体され、大半の土木技術者たちは国内・外に散った。」下線部は高熱隧道 吉村昭 新潮文庫219〜220頁からの引用。

世の中にはアメリカからの押し付けを根拠として改憲を論じる人がいる。既に記したように、大日本帝国憲法下では、国民、否、臣民の不完全な人権は、軍国主義者によって戦時下を理由に蹂躙された。敗戦後、日本人は「民主主義」とか「自由主義」とかの観念を知らなかったので、アメリカの影響の強い民主的、自由主義的な日本国憲法の発布を心から喜んだ。ところが勝者によってもたらされた基本的人権を、改憲論者はあたかも自前で導きだした、当然の権利として捉え、自主憲法の制定を標榜する。

平成24年に自民党が著した「日本国憲法改正草案」にどれほどの人が眼を通したのだろうか?自衛隊は名称を「国防軍」に改められることを知ってました?私の個人的な考えだが、憲法改正が困難な状況下で、安倍内閣は「自衛権」を解釈論で乗り切ろうと考えているように見える。民主主義国家においては、国民が賢くないと、単なる衆愚政治に陥る。

余談だが、隧道(ずいどう)はトンネルを指す言葉だが、元々は棺を埋めるために、平地から墓穴に通じる斜めの道を意味した。◯◯隧道と記された古いものを時々目にするが、その辺りを忌み嫌って、今はトンネルと表記するようになったのだろうか?高熱隧道の犠牲者はまさに「隧道」を使って外に運び出された。

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