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2014年7月17日 (木)

肥薩線PART2(発見・鹿児島!)

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運転手はガイドを兼務しており、鉄道ファンのマニアックな質問にも丁寧に応えてくれる。

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大畑駅でのスイッチバックを終えると、列車はやがてループ線にさしかかる。これから矢岳駅(海抜537M)までの、いわゆる矢岳越が続く。

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人吉市SL展示館(矢岳駅) 
観光列車「いさぶろう・しんぺい号」を利用した場合、ここで時間を割いて館内を案内してもらえる。展示されているD51は実際に、この路線で現役を終えたものである。 

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矢岳第一トンネル(全長2,096M)城壁を彷佛させる石積みの堅固な造り。この路線の工事区間中、最大の難所の一つであった。上部に「天険若夷」の文字。これは開通当時の逓信大臣、山縣伊三郎によるもの。このトンネルを抜けると、日本三大車窓のパノラマが広がる。

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あいにくの天気。晴れれば、霧島連山をはじめ、桜島まで見渡せる。

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「いさぶろう・しんぺい号」の車内の様子 
ここで列車は一時停止。確実にシャッターチャンスを狙える。この先、真幸駅でもう一度スイッチバックがあり、それを終えると、列車は次第に高度を下げ、やがて吉松駅に到着する。

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吉松駅到着。「いさぶろう・しんぺい号」とは当駅でお別れ。

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吉松駅より、上り方面を見渡す。
この先、右が吉都線、左が肥薩線となる。吉松駅の敷地はとても広く、往時の隆盛が偲ばれる。最盛期には、8千余のこの町の人口の3割(約2,500人)は国鉄関係者であったというから驚きだ。

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吉松駅
この何気ない風景が鉄道ファンにはたまらない。

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C55(吉松駅) 
改札口を出ると、駅の左手に隣接して保存されている。C55はC54の改良型として昭和10年から昭和12年にかけて62両が製造された。

戦後の混乱の時期を経て、鉄道も高速化の時代を迎える。昭和34年にはディーゼル準急「えびの号」が誕生。宮崎発、吉松経由、熊本行きの列車は、翌年博多まで延び、この地域の利便性が向上した。昭和41年には急行に格上げ、昭和49年には特急「おおよど号」の開設によって、宮崎ー博多間は6時間で結ばれることとなる。しかし、ほぼ時期を同じくして完成した鹿児島新空港や九州自動車道の出現によって利用者数は、一転減少にむかってしまう。そして昨年(平成12年)の3月の「えびの号」を最後に、吉松を経由する急行列車は全て姿を消し、普通列車のみが残される形になった。その間、わずか40年余り。時代の趨勢とは言え、余りにも短すぎた「えびの号」の誕生から消滅までを考えるとき、文明の発展の度合いを制御できない、人間の浪費の性向を嘆かずにはいられない。

肥薩線PART1(発見・鹿児島!)

肥薩線PART3(発見・鹿児島!)


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