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2014年7月 6日 (日)

肥薩おれんじ鉄道PART3(発見・鹿児島!)

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川内川鉄橋を渡り切ると、肥薩おれんじ鉄道の終点川内駅は間近い。川内から鹿児島中央駅方面へは再びJR九州の列車を利用することになる。

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泰平寺(薩摩川内市、川内駅下車) 
天正15年(1587)豊臣秀吉は九州征伐に赴き、5月8日、島津義久は降伏の意を表すため、剃髪し、川内の泰平寺で秀吉に謁見した。秀吉は降伏を受け入れ、義久に薩摩国を安堵した。弟の義弘には大隅国、義弘の嫡男久保には日向国の諸県郡を与えた。泰平寺は明治の廃物希釈によって廃寺となり、1923年に復興されたものである。

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豊臣秀吉・島津義久和睦像 
隣接する泰平寺公園には島津義久が豊臣秀吉に和睦を申し入れたときの様子を再現した像が建立されている。

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川内駅でJR線に乗り換える。
2008年のダイヤ改正で、土日限定で鹿児島中央駅に乗り入れる快速列車「オーシャンライナーさつま」が登場したが、平日は従来通りJRの列車を利用することになる。

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JR串木野駅に近郊型電車817系がまもなく到着する。

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JR九州817系(鹿児島中央駅にて)
八代駅で肥薩おれんじ鉄道に乗車し、途中JR線に乗り換え、終点鹿児島中央駅に到着した。時間の経過を気にしないローカル線の旅はいいものだ。

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鹿児島中央駅と駅ビル「アミュプラザ」

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若き薩摩の群像 
鹿児島中央駅東口を出ると、大きなモニュメントが眼に入る。これは1982年に著名な彫刻家、中村晋也氏によって制作されたもので、日本の近代化の礎となった若き薩摩武士17人の銅像である。

薩摩藩派英留学生(若き薩摩の群像のモデル)
文久3年(1863)薩摩ではイギリスとの間で薩英戦争がおこった。前年に起きた生麦事件の報復のため、イギリス艦隊が攻め入ってきたのである。このとき薩摩藩は西欧列強の近代的な軍事力を目の当たりにして、ただ驚愕するしかなかった。それまで薩摩も攘夷一辺倒の思想が支配的で、現実的な外交感覚を持ち合わせていなかったのである。

藩内でも積極的に西欧文明を取り入れようという気運が高まり、慶応元年(1865)、新納久脩等の3人の使節団と若き薩摩藩留学生15人がイギリス向け、串木野郷羽島を船出した。彼等はサツマステューデントと呼ばれ、西欧での先進的な知識を糧に、その後の日本において、指導的な役割を担った。メンバーの中には初代文部大臣の森有礼、東京大学の全身である東京開成学校初代校長の畠山義成、大阪商工会議所を創設し、西の渋沢栄一と呼ばれた五代友厚、サッポロビールの前身となる札幌冷製麦酒創設に携わった村橋久成、イギリス留学を経てアメリカへ渡り、カリフォルニアでワイン工場の経営に乗り出し、カリフォルニアのぶどう王と呼ばれた長沢鼎などがおり、錚々たる顔ぶれであった。

1999年1月、2001年12月、2004年10月、2005年1月撮影

第三セクター方式の肥薩おれんじ鉄道は、開業当初から経営が難しいことは予想されていた。現状を眺めても、県や沿線の自治体の援助なしには路線の永続的な営業はおぼつかない。営業益の内訳は定期券利用者と観光客の乗車によるものが全体の9割に及ぶ。ただ路線の存続は沿線自治体の意思でもあるので、自治体が路線の維持に関わり合う必然性がある。

観光収入の増加が利益に直結するのは明白だ。営業的な戦略は活発で、利用者の利便性を図るため「たのうら御立岬公園駅」などの新駅を増設したり(2005)、「銀河鉄道999」や「くまもん」のラッピング列車を運行(2010/2012))、観光列車「おれんじ食堂」「おれんじカフェ」を新設した(2013)。水戸岡鋭治氏のデザインによる改築された「阿久根駅」は話題性に富んでいる(2014)。

昨年(2013)の10月よりJR九州によって営業が開始されたクルーズトレイン「ななつ星in九州」は高額な料金にもかかわらず、乗車券の入手が困難な、大人気を博している。要は列車による移動が、人を運ぶという物理的な価値から、車窓からの美しい景観や、美味しい食事、乗務員や同乗者との温かい交流などを慈しむ重畳的な価値へと進化を遂げているのだろう。肥薩おれんじ鉄道の伸び代はまだまだあると考える。成長の余地は十分残っているはずだ。(2014年7月)


(参考資料)
鹿児島県の歴史 原口泉 永山修一 日隈正守 松尾千歳 皆村武一 山川出版社(1999)
鹿児島県の歴史散歩 鹿児島県高等学校歴史部会 山川出版社(1992)
熊本県の歴史散歩 熊本県高等学校社会科研究会 山川出版社(1993)
鹿児島の鉄道・百年 久木田末夫 春苑堂出版(2000)
徳富蘇峰 米原謙 中央公論新社(2003)
山本博文 島津義弘の賭け 読売新聞社(1997)
若き薩摩の群像 門田明 春苑堂出版(1991)
薩摩人とヨーロッパ 芳即正 著作社(1982)
いで湯の国鹿児島 黒川達爾雄 春苑堂出版(1997)
三国名勝図会(復刻版) 編纂者 五代秀尭 橋口兼柄 監修 原口虎雄 青潮社(1982)

肥薩おれんじ鉄道PART1(発見・鹿児島!)

肥薩おれんじ鉄道PART2(発見・鹿児島!)


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