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2014年11月

2014年11月25日 (火)

浮雲

『俺にできないシャシンは、溝口(健二)の「祇園の姉妹」と成瀬の「浮雲」だ』と、小津安二郎監督の言葉が伝えるように、本作は、成瀬巳喜男の集大成であり、また、日本映画史に残る名作中の名作である。下線部は東宝映画「浮雲」のDVDケースの解説文からの引用である。邦画の知識に疎い私にとって、この説明は私の購買意欲を駆り立てるのに充分だった。

南アフリカでマンデラ氏が大統領に選出される以前、この国ではアパルトヘイトと呼ばれる人種差別政策が行われ、日本は80年代には南アフリカの最大貿易相手国であったため、名誉白人という待遇を受け、日本の会社の駐在員とその家族は、彼の地で広々とした邸宅に住み、黒人などの有色人種を、安い賃金で、メイドとして雇い入れることができ、日本では決して味わえない生活を送れたようだ。そんな彼等も日本に帰れば再び狭い住宅事情を甘受するしなかった。

作品は林芙美子の小説「浮雲」の映画化であり、フランス領インドシナ(現在のベトナム、カンボジア、ラオス辺り。以下仏印と略す。)に、日本軍の進駐に伴い、農林省の研究所々員として赴任した既婚の富岡兼吾と、同じく研修所のタイピストとして随伴した幸田ゆき子は、仏印で泡沫の恋に溺れることになる。コロニアル様式の邸宅と現地人のメイドを雇い入れた夢うつつな生活は、日本の敗戦により終わりを迎え、焦土と化した故国に引き揚げるしかなかった。しかし仏印での豪奢な生活と富岡との恋の闇路から抜けきれず、ゆき子は戦後の日本の貧しさに絶望し、富岡を求め続けてしまう。

幸田ゆき子を演じた高峰秀子だが、私が観た数少ない彼女の映画からの印象では、非常にポジティブで、屈強な、現代の女性からも支持されるであろう雰囲気を漂わせる女性像があるのだが、この映画では、弱々しい、男に従属的なすがたを披露している。実際、本人は成瀬監督の出演依頼をはじめは固辞していたようだ。

富岡兼吾を演じた森雅之の本名は有島行光で、小説家の有島武郎の実子である。成城高校から京大へ進んだエリートで、言うまでもなく、画家の有島生馬、小説家の里見弴は叔父にあたる。知的で、毛並みがよく、そのうえハンサムであり、黒澤映画を始めとする大作に数多く出演した。

その他、伊香保温泉の飲み屋の主、向井清吉には、「七人の侍」で七郎次を演じた加東大介、その妻おせいには「秋日和」や「秋刀魚の味」などの小津作品にも出演した岡田茉莉等が登場する。アメリカ兵のジョウ役にはロイ・ジェームスが扮してるが、彼は東京下町生まれで、小気味良い江戸弁を話し、ラジオやテレビで活躍した。映画では英語訛りの日本語を使い、米兵になりきっているのが妙に可笑しい。

映画は原作に忠実に描かれている。小説が新潮文庫版の場合、450頁を超える大作であるため、細部までの描写は無論叶わぬところだが、林芙美子の代表作の魅力を損なうことなく、秀逸な出来映えとなっている。鹿児島ロケでは桜島の普遍的な姿や、西田橋であろうか、甲突川に架かる石橋の姿が映り、とても懐かしい。鹿児島港にはかつて貨物列車の軌道が敷設されていたのだ。

富岡が、ゆき子に「屋久島って言う国境の島なんだ。」と、新しい赴任地を説明するシーンがある。トカラ列島や奄美群島が日本に復帰するのは小説が発表された後のことであり、屋久島は文字通り「国境の島」だったのだ。鹿児島は林芙美子にとって、辛い思い出ばかりかもしれないが、ゆき子が屋久島で絶命するシーンを眺めていると、些少ながら鹿児島に懐かしさを感じていたのかもしれない。そう思いたい。


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