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2015年2月28日 (土)

がんばれ、ウィリアム王子

イギリスの現在の王朝名はウインザー朝(Windsor Dynasty)である。しかしもともとはハノーヴァー朝(Hanoverian Dynasty)であった。その前のステュアート朝(Stuart Dynasty)の最後の君主、アン女王に子供がいなかったので、王朝は断絶し、ドイツのハノーヴァー家からジョージ1世(Georg Ludwig,ジョージはゲオルクの英語読み)を迎え入れた。

ジョージ1世と結婚したのはゾフィー・ドロテアで、ドイツ人であったが、ジョージ1世は妃に興味を示さず、妻の姦通が発覚したため、彼女は32年間も城に幽閉されることになった。跡継ぎのジョージ2世は、父の母に対する所業が原因で、父と反目したが、父の急死により王位を継承した。

ジョージ2世の妻はドイツ人のキャロラインで、才媛として知られている。夫がハノーファー選帝侯でもあり、ドイツとイギリスの両方を統治し、イギリスを留守にするときはキャロラインが摂政を務めるほどだった。

ジョージ2世の長男フレデリック・ルイス王太子が死去したため、王位は息子のジョージ・ウィリアム・フレデリック(後のジョージ3世)が引き継いだ。王妃のシャーロットもドイツ人。王位を継承したジョージ4世とウイリアム4世はジョージ3世とシャーロットとの間にできた子供。

ウィリアム4世が嫡出子をもうけなかったため、王位はジョージ3世の息子、ケント公の一人娘ヴィクトリアが継承した。ヴィクトリア女王の配偶者はドイツ人のザクセン=コーブルク=ゴータ公子アルバートで、通称アルバート公。BBCのプロムスの会場として有名なロイヤル・アルバート・ホールの名はアルバート公に由来している。

ヴィクトリア女王から王位を継承したのはエドワード7世で、王妃はデンマーク王、クリスチャン9世の長女アレクサンドラ。次の王位は長男のアルバート・ヴィクター (クラレンス公)が継承するはずだったが、クラレンス公が急死したため、次男のジョージ5世が王となった。

ジョージ5世の時代、第一次世界大戦が勃発し、国王はイギリスの国民感情に配慮して、敵国ドイツに由来する王朝名ハノーヴァーをウィンザーに変更した。ジョージ5世の長男は、離婚歴のあるアメリカ人女性ウォリス・シンプソンと結婚したエドワード8世で、王位を弟のジョージ6世、すなわち現イギリス女王エリザベス2世の父君に譲った。

エリザベス女王とフィリップ殿下(エディンバラ公)との間に次期国王のチャールズ王子(ウエールズ公)が生まれた。そのチャールズ王子とダイアナ妃との間に生まれたのが、来日中のウィリアム王子(ケンブリッジ公)だ。ダイアナ妃も貴族の出身ではあったが、その振る舞いが庶民的で、親近感があり、英国民に人気があった。更にウィリアム王子は平民出身のキャサリン(ケイト)さんと結婚したので、その人気のほどは容易に想像できる。

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