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2017年8月28日 (月)

ヴィジョンある都市計画

パリを訪れるものは、その街並の素晴らしさに感動する。凱旋門を中心に大通りが放射状に広がり、他方、シャンゼリゼ通りから振り返ると、彼方に凱旋門が、そしてその遥か先にはグランダルシュ(la Grande Arche)を中心に据えて、副都心の高層ビル群が屹立する。

現在のパリの都市景観は、19世紀のナポレオン3世の都市計画に端を発している。ジョルジュ・オスマンが実際にこの計画を推進し、パリを近代都市へと変容させた。上下水道も同時に完備され、衛生面でも整備が図られた。

鹿児島市は戦時中、本土防衛の最前線に位置していたので、アメリカ軍の空襲による被災率は90%を超えたらしい。これは原爆投下地の広島、長崎のそれを上回り、大都市圏並みの焦土となった。それにもかかわらず、焼け野原となった鹿児島市街地の復興計画は戦後直ちに始まり、武駅(現鹿児島中央駅)を起点とした道路拡張等の都市計画が実行に移された。

この話は私が小学生の頃、何某かの授業で、担任教師から聞かされた覚えがある。戦後の復興計画のお陰で、鹿児島市内の幹線道路はかなり広く整備された。現在の感覚からしても、計画立案者の先見の明には驚かされる。地図で確認すれば分かるが、鹿児島中央駅を出発点に、県道24号、県道21号、ナポリ通り、甲南通りが扇状に広がりを見せる。

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鹿児島中央駅

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ナポリ通りより鹿児島中央駅を見渡す。

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県道21号より鹿児島中央駅を見渡す。

鹿児島市は8月10日に鹿児島市の繁華街天文館、千日町1番、4番街区の再開発ビルのイメージ図を公表した。商業施設「タカプラ」を取り壊し、15階建ての再開発ビルを建設、天文館地区の商業施設の活性化を促す。鹿児島中央駅から伸びた県道21号はこの天文館を貫き、ウォーターフロントへ続く。この再開発は壮大な都市計画の一翼を担うことになるだろう。

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天文館G3アーケード(千日通り) 右手の建物がタカプラ。

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天文館本通りアーケード

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年の瀬の天文館 この界隈の様相も徐々に変わっていくのかもしれない。

鹿児島中央駅を基軸とした当時の都市計画推進の只中に居たのは、鹿児島市復興部の梶山浅次郎氏だった。幹線道路の幅員を50メートルにするという発想は、この頃としては奇想天外なもので、反対も多かったが、輸送手段たる道路の確保を最優先とし、鹿児島港へ続く幹線道路の雄大な整備案は、将来の車社会の到来を先取りしたものであり、その着眼点はお見事というしか無い。

都市計画は哲学とでもいうべきヴィジョンが必要だと考える。それは都市の性格を物語る最たるものだからだ。戦後の混乱期のなかで、子々孫々に伝承すべきヴィジョンを描いた先達の熱い思いを受け継ぎながら、それを更に発展させ、次世代に引き継ぐことが大事だ。現世代が築きつつある鹿児島市の都市計画は、50年先、100年先の人々の厳しい評価に晒される事をお忘れなきよう。

参考資料:かごしま20世紀山河こえて(上)所収、戦災復興鼓舞したラッパ 286頁 南日本新聞社(2000年)


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