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04/19/2018

孤愁の岸

杉本苑子さんが亡くなられて1年が過ぎようとしている。「孤愁の岸」を読み返しながら、この小説が存在しなかったなら、「薩摩義士」のことは巷間に流布することもなかったと考えた。宝暦治水とは、宝暦4年から翌5年にかけて、薩摩藩が江戸幕府の命により、濃尾平野の木曽川、長良川、揖斐川の大河川の治水工事を請け負ったもので、この川普請は藩の財政と人脈の弱体化を導いた。

外様である島津氏の体力の削ぎ落としを画策する幕府、すなわち郡代と対峙する御手伝い方の勝ち目のない戦により、出費は当初の見積もりの倍以上の40万両に膨れ上がった。帳簿の不備と偽造印が原因で資材購入代金の二重の支払いを余儀なくされ、しかもその額たるや800両もの大金。更に身内の藩士による500両もの公金横領等々。物語のなかに一条の光さえも見いだせない絶望感。

治水の意義ーそれを喋々することとは別に・・・まったく別に、御手伝い方藩士らの胸底に燃えたぎっているであろう抑えがたい無念。これから先も子へ孫へ、受け継がれ受け継がれ息づきつづけるであろうひと筋の火に・・・炬となって燃え上がる日は恐らく来まい、が、また、決して消えることも無いであろうひと筋の火に・・・薩摩藩士一千名の”怒り”の哀しさに・・・笈川はせつなく涙をこぼした。下線部は杉本苑子著「孤愁の岸」下、講談社文庫205頁からの引用。

この物語は史実を基に描かれている。250年以上前の封建時代のはなしだ。藩政時代を経て、日本は立憲君主制、立憲民主制へとその衣を取り替えてきた。古のもののふの責任の果たし方は現代人の想定の範囲に無い。さりとて、根底にあるものは、現代とさほど違いはないとさえ思う。昨今の色々な不祥事を眺めると、日本人の本質は変わってないのかも。

今年も薩摩義士の慰霊祭が、来月、平田靱負の命日に行われる。この国の膨大な歴史のはざまで、ひょっとすれば顧みられることもなく、忘却の彼方へ捨て去られたかもしれないこの人々の鎮魂を私は切に願う。この縁は杉本さんによって導かれたものだと私は素直に思う。

Satsumagishi1
鹿児島市城山町の薩摩義士碑。献花が絶えることはない。

Satsumagishi2
平田靱負像(鹿児島市平之町、平田公園にて)

高須輪中の縁 細野哲弘さんの寄稿文です。一読をお薦めします。


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