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05/11/2019

黒之瀬戸の歌碑

新元号が「令和」となり、その名が万葉集に由来していることから、日本各地で万葉集ゆかりの地に「聖地巡礼」というかたちで人々が集い、ブームになっているらしい。鹿児島にも万葉集にちなんだ歌碑が長島の黒之瀬戸にあり、「万葉集南限の地」として注目されている。

かつて私も長島に足を運び、この地の清爽な雰囲気に魅了され、風景の素晴らしさ、歴史上の栄枯盛衰の側面を写真におさめた。以前「発見・鹿児島!」のホームページで紹介したものを再掲載してみようかと思う。

 

Nagashima1

黒之瀬戸大橋(梶折鼻公園にて) 鹿児島市から国道3号を北上し阿久根市内に入り、途中で左折、国道389号をしばらくすすむ。やがて視界が開け、空色の黒之瀬戸大橋が姿をあらわす。ここ黒之瀬戸は日本三大急潮の一つらしく、古より潮の流れの速い海峡として知られている。

 

Nagashima2

万葉集歌碑 「隼人の 薩摩の瀬戸を 雲居なす 遠くも吾は 今日見つるかも」 黒之瀬戸に向かうように立つ歌碑に刻まれたこの歌は、今より1200年も前、天皇の命によりこの地を訪れた長田王によるものとされている。(黒之瀬戸自然公園)

 

Nagashima3

島内の小高い丘より東シナ海を望む。

 

Nagashima4

島津常陸守忠兼記念碑(薩摩・堂崎城:鹿児島県出水郡長島町城川内)
悲業の最期を遂げた忠兼の霊を慰めるために、記念碑とともに島内4ヶ所に若宮神宮を建て、現在でも毎年8月8日には「ご八日おどり」が奉納され、当日は島内が祭り一色となる。

 

天草氏との争いに破れた長島氏が居城である堂崎城を離れ、天草越前正が入城すると永禄8年(1565)3月23日、野田の城主、島津常陸守忠兼が長島を攻め、翌24日、堂崎城は陥落する。ところが3ヶ月後の7月8日、忠兼は出水の薩州島津家義虎によって暗殺される。(これは天草氏の薩州島津家義虎への密告であるとされている。)その後、長島の帰属を巡って、島津氏、相良氏、天草氏との間で対立が続く。天正9年(1581)、島津義久が水俣の相良義陽との戦いに勝利し、以後長島は島津家の領地として薩摩に属することになる。

 

Nagashima5

伊唐大橋(針尾公園にて) 伊唐島越しに獅子島の眺望が広がる。

初出 平成14年(2002)

 

(参考資料)

鹿児島県の歴史 原口泉 永山修一 日隈正守 松尾千歳 皆村武一 山川出版社(1999)
鹿児島県の歴史散歩 鹿児島県高等学校歴史部会 山川出版社(1992)

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