06/04/2018

7500形、ローレル賞受賞。

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昨年(2017)の3月より運転開始した7500形。

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初代1000形  2002年に登場した時は感動した。これが超低床の電車かと。

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現JR鹿児島駅駅舎  駅周辺は鹿児島市がJR九州と協力して、大幅に整備するらしく、鹿児島中央駅周辺、谷山駅周辺とならび、街の再開発が進むことだろう。

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いち早く整備された上町ふれあい広場。愛称は「かんまちあ」。


鹿児島市交通局の超低床電車7500形(ユートラムIII)が鉄道友の会の2018年のローレル賞を贈られた。これは初代ユートラム1000形が2003年に受賞して以来の快挙であり、今回の受賞も鹿児島市民として誇らしい。

実はJR鹿児島駅が改築されるとのニュースを知り、現駅舎が取り壊される前に写真におさめようと目論んだ。そしてイオン鴨池店(旧ダイエー鴨池店)の屋上に車を置き、郡元電停で路面電車を待っていたところ、偶然にも7500形が到着したので、これ幸いと乗車したのだ。

7500形は1000形の問題点を上手に解決した素晴らしい車両だ。初代に比べて座席数は格段に増え(10〜13増)、また初めて案内表示をLEDに置き換え、外国人客にも配慮した便利なものに改められた。新型モーターの採用により運転席のスペースを削り、その分を座席に割り当てられた効果は大きい。

7500形は経済性を最大限に優先したものであり、これは私の推測であるが、7000形よりも製作費用をセーブ出来たのではなかろうか。欲を言えば熊本市電のようにクロスシートを採用して、観光客の楽しみを充足し、また外観デザインに工夫があっても良かった。まあ、これは経営の現場を知らない素人のわがままに相違ないけれど。

現時点では最高クラスの車両が登場したと考えるべきだろうし、ローレル賞受賞も納得がいく。

撮影機器:iPhone

06/02/2018

フランスのポナン、日本へ本格参入。

今年の4月、鹿児島市の北埠頭にフランスのマルセイユに本社を置くポナン(Ponant)の客船ロストラル(L'Austral)が寄港したとの記事を新聞で読んだ。ポナンの客船の総トン数は凡そ10,000トン位で、昨今の大型客船の規模からすれば大きくないが、反面小回りが利き、南極クルーズなどを売りにしている人気のある船会社だ。

このサイズのクルーズ船なら北埠頭に接岸可能で、マリンポートかごしまと併せて多種多様な船舶のニーズに対応できる。そしてポナンは今年の6月より日本のクルーズ市場に本格参入するらしく、6月8日に大阪を出発後は屋久島に寄り、そして目的地のフィリピンを目指す。また来年には同社のル・ソレアル(Le Soleal)やル・ラペルーズ(Le Laperouse)も鹿児島寄港を果たす予定。

本年は大型客船の鹿児島入港が相次いでいる。今後は質と量の両面から鹿児島の受け入れ態勢の強化が望まれるに違いない。

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北埠頭にて 潮のかおり北埠頭〜♫


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アオサギ 英名はGrey heron。山下達郎の曲にヘロンという作品があったと思うけど。


03/28/2018

伊集院駅駅前広場整備工事完了

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妙円寺は明治の廃仏毀釈で廃寺になり、徳重神社に改められた。


今年の1月、島津義弘公の銅像を写真に収めるため、JR伊集院駅に出向いたのだが、南口駅前広場の工事期間が3月16日までとなっていたので、再び物見遊山に伊集院まで足を運んだ。駅舎、そして北口と南口を結ぶ自由通路は平成27年(2015)に既に完成し、南口の駅前広場の工事完了が待たれていた。

とても立派な駅前広場が姿を現した。陸の玄関である駅舎はその街の象徴的な存在だ。妙円寺詣りで鹿児島県民には馴染み深い伊集院だが、この一連の工事の完了で街の雰囲気も大きく変わることだろう。日置市のイメージ向上に役立つと思う。

03/17/2018

クアンタム・オブ・ザ・シーズ、初寄港。

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2月末に発表された大型客船埠頭「マリンポートかごしま」の整備計画には驚愕した。国土交通省は国際クルーズ拠点港湾に鹿児島港を追加選定し、鹿児島県はアメリカの大手船会社ロイヤル・カリビアン・クルーズと共同で、世界最大の22万トン級のクルーズ船が寄港できるよう当該施設を整備することになった。そして手始めに16万トン級の接岸を可能にし、総トン数16万トンを超える「クアンタム・オブ・ザ・シーズ」鹿児島初入港が実現した(3月15日)。

ロイヤル・カリビアン・クルーズ傘下のロイヤル・カリビアン・インターナショナルが運行するこのクアンタム・オブ・ザ・シーズは、総トン数168,666t,全長347m,巡航速度22ノット,旅客定員4,180人である。また同社が運行する世界最大の客船「ハーモニー・オブ・ザ・シーズ」の総トン数は226,963tで全長は361mあり、近い将来、このクラスの客船を鹿児島湾に呼び寄せるプランがあるのだろう。

01/20/2018

中村晋也美術館へ

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中村晋也美術館(鹿児島市石谷町)

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島津義弘像(JR伊集院駅) 実物大のレプリカが美術館に納められている。

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天璋院篤姫像(鹿児島市黎明館)

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大久保利通像(鹿児島市西千石町) やはり実物大のレプリカがある。

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若き薩摩の群像(JR鹿児島中央駅桜島口)


以上は鹿児島県内にある中村晋也氏の作品の数々だ。先日、中村晋也美術館を訪問した。数多の作品が展示されている。徐に3階へ上がった。薬師寺に納められた釈迦十大弟子像のレプリカが整然と配置されていた。瘦身な、彫りの深いコーカソイド系の顔立ちだ。

島津義弘像や大久保利通像の実物大のレプリカが1階に並んでいた。美術館自体は決して狭くはないのだが、巨大な作品群に囲まれるとかなり窮屈に感じる。実物はとても大きいのだ。それから全国に点在する作品のレプリカも多数公開されている。青森県五所川原市の太宰治像、大阪城内豊国神社の豊臣秀吉像、愛媛県今治城の藤堂高虎像、大阪取引所の五代友厚像等々が目を引いた。

リヒャルト・ワグナーの楽劇「ニーベルングの指輪」をモチーフにした「愛の国伝説」も圧倒される。高さ7.2メートル、幅4メートルあるレリーフだ。ワグナーの作品のなかでも「指輪」の巨大さは群を抜いており、就中、楽劇「ワルキューレ」の第3幕前奏曲「ワルキューレの騎行」は殊に有名だ。「リング」の世界観を具現化している。

2015年、世界遺産の奈良の薬師寺の西塔に、「釈迦八相」のうちの四相を表現した像が安置され、そのうちの「成道」のレプリカが、やはり当美術館に納められている。現世の混沌のなかで、悟りを開いた釈迦の穏やかな表情が印象的だ。

余りにも多くの作品があり、ここで全てを紹介することはできないが、興味が尽きることはないので、また足を運ぶことにしよう。

01/01/2018

謹賀新年2018

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今年、鹿児島は大いに盛り上がることでしょう。

皆様のご多幸をお祈り申し上げます。

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11/29/2017

錦秋の曽木の滝公園

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曽木の滝公園展望台より

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曽木の滝全景 幅210メートル、落差は12メートルある。「東洋のナイアガラ」と称される。久方ぶりの訪問だが、雄大さは不変だ。

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河岸の紅葉が美しい。前日に雨が降ったため、滝の水量は膨大で、その迫力に圧倒される。近くに寄ると、細かなミストが顔にふりかかる。

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下流方面には新曽木大橋の姿。平成23年(2011)11月5日に開通。全長204メートルの斜張橋。ここから更に5キロほど下流には下ノ木場船着場跡(したんこばふなつきばあと)がある。

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河岸に展望テラスがあった。足下には透明なアクリル板が張られていた。滝の落差は10メートル以上あるらしいが、下を直接覗き込むと、さすがに足がすくむ。

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日本気象協会アプリの紅葉情報はドンピシャだった。

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堀之内良眼房顕彰碑が綺麗に修復された。


今年の10月に地元紙による堀之内良眼房顕彰碑修復の報道を目にした。海音寺潮五郎の小説「二本の銀杏」の主人公、上山源昌房のモデルが堀之内良眼房であることは了知していたが、良眼房の顕彰碑が曽木の滝公園にあることは認識していなかった。

また、曽木の滝の上流に位置した曽木大橋が、景観問題を理由に撤去され、滝の下流に掛け替えられることになり、その後の様子を見届けたい思いもあり、曽木の滝公園の紅葉のタイミングに合わせて、それらを確認するため、物見遊山に出かけることにした。

前日が雨であったこともあり、公園内の紅葉は一層艶やかで目映く思えた。滝に目を向けると、水量と流れは明らかに増幅されていた。滝上流にあった橋は、全くその痕跡をとどめず、古より続く大自然の希有な造形美だけが眼前に広がりを見せる。

天保の川浚え  藩政時代、菱刈地方の農民は薩摩藩への年貢米を、川内川下流の宮之城まで運ばねばならず、その負担が余りにも大きかったため、西原八幡神社の社司、堀之内良眼房は農民を救済するために、遥かに手前の下ノ木場に米倉を移設、その前提となる川内川の川浚えの諸計画を藩に進言し、これが認められ工事を指揮した。天保14年(1843)のことだ。

「源昌房は一切を点検し、なお不足なところは追々に補足することにして、工事にかかった。最初からの予定どおり、宮之城に近いところからはじめた。宮之城から少し上流の激湍が一番の難所工事だと思われたので、水の涸れている季節にやってしまう必要があったのだ。」下線部は海音寺潮五郎著「二本の銀杏」新潮文庫278頁からの引用である。

川内川の川浚えのお陰で、菱刈の農民は上納米を地元の下ノ木場まで運べば良く、そこから先は川を利用して下流へ輸送することが可能になった。瀑布の圧倒的な水量を眺めながら、往時の苦難に思いを寄せるのも悪くない。尚、二本の銀杏は工事のあらましを丹念に描写しているが、上山源昌房と郷士頭本郷家当主の妻、お国との不義をも織り込み、作者の郷土への熱い思いが伝わってくるので、一読をお薦めしたい。


09/29/2017

夏のなごり

鹿児島県の東シナ海に面した吹上浜は長さが50キロ近くある。南さつま市の万之瀬川の河口付近はこの延々と続く吹上浜と程よい海風が作用して、ウインドサーフィンやカイトサーフィンが盛んに行われる。

女性やシニアの姿も見かけた。これらのスポーツの人気の幅の広さが分かる。颯爽と海面を滑走したかと思えば、カイトの浮力を利用して軽々とジャンプする姿が目に留まる。一度その魅力に取り憑かれたら抜け出すのは困難だ。

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快晴の吹上浜。遠方には野間岳が。

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良い風が吹き寄せる。絶好のコンディション。

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Oh,splaaaash!

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好機をのがすべからず。

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吹上浜サンセットブリッジ

09/12/2017

乙女座号

マリンポートかごしまに大型クルーズ客船「スーパースター・ヴァーゴ」が寄港し、時間が空いたので現地へ行ってみた。1999年にドイツで建造され、総トン数は75,338トン、全長268m、全幅32m、客室数935室、乗客定員数1,870名、航海速力24ノット、最大速力25.5ノットの豪華な船だ。

船内には和、洋、中華のレストラン、劇場、ジム、ジャグジー、プール、ウォータースライダー、美容室、図書館等が完備し、どうやら退屈する事はなさそう。大阪と横浜の発着があり、鹿児島を経由して上海へ向かい、日本に戻ってくる航路だ。船の中では「よしもと」のショーが催されるらしい。詳しくは公式サイトを!

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巨大な「スーパースター・ヴァーゴ」が接岸中。

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"Virgo"は乙女座の意味。

スーパースター・ヴァーゴの公式サイト

撮影機材:iPhone

08/28/2017

ヴィジョンある都市計画

パリを訪れるものは、その街並の素晴らしさに感動する。凱旋門を中心に大通りが放射状に広がり、他方、シャンゼリゼ通りから振り返ると、彼方に凱旋門が、そしてその遥か先にはグランダルシュ(la Grande Arche)を中心に据えて、副都心の高層ビル群が屹立する。

現在のパリの都市景観は、19世紀のナポレオン3世の都市計画に端を発している。ジョルジュ・オスマンが実際にこの計画を推進し、パリを近代都市へと変容させた。上下水道も同時に完備され、衛生面でも整備が図られた。

鹿児島市は戦時中、本土防衛の最前線に位置していたので、アメリカ軍の空襲による被災率は90%を超えたらしい。これは原爆投下地の広島、長崎のそれを上回り、大都市圏並みの焦土となった。それにもかかわらず、焼け野原となった鹿児島市街地の復興計画は戦後直ちに始まり、武駅(現鹿児島中央駅)を起点とした道路拡張等の都市計画が実行に移された。

この話は私が小学生の頃、何某かの授業で、担任教師から聞かされた覚えがある。戦後の復興計画のお陰で、鹿児島市内の幹線道路はかなり広く整備された。現在の感覚からしても、計画立案者の先見の明には驚かされる。地図で確認すれば分かるが、鹿児島中央駅を出発点に、県道24号、県道21号、ナポリ通り、甲南通りが扇状に広がりを見せる。

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鹿児島中央駅

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ナポリ通りより鹿児島中央駅を見渡す。

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県道21号より鹿児島中央駅を見渡す。

鹿児島市は8月10日に鹿児島市の繁華街天文館、千日町1番、4番街区の再開発ビルのイメージ図を公表した。商業施設「タカプラ」を取り壊し、15階建ての再開発ビルを建設、天文館地区の商業施設の活性化を促す。鹿児島中央駅から伸びた県道21号はこの天文館を貫き、ウォーターフロントへ続く。この再開発は壮大な都市計画の一翼を担うことになるだろう。

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天文館G3アーケード(千日通り) 右手の建物がタカプラ。

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天文館本通りアーケード

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年の瀬の天文館 この界隈の様相も徐々に変わっていくのかもしれない。

鹿児島中央駅を基軸とした当時の都市計画推進の只中に居たのは、鹿児島市復興部の梶山浅次郎氏だった。幹線道路の幅員を50メートルにするという発想は、この頃としては奇想天外なもので、反対も多かったが、輸送手段たる道路の確保を最優先とし、鹿児島港へ続く幹線道路の雄大な整備案は、将来の車社会の到来を先取りしたものであり、その着眼点はお見事というしか無い。

都市計画は哲学とでもいうべきヴィジョンが必要だと考える。それは都市の性格を物語る最たるものだからだ。戦後の混乱期のなかで、子々孫々に伝承すべきヴィジョンを描いた先達の熱い思いを受け継ぎながら、それを更に発展させ、次世代に引き継ぐことが大事だ。現世代が築きつつある鹿児島市の都市計画は、50年先、100年先の人々の厳しい評価に晒される事をお忘れなきよう。

参考資料:かごしま20世紀山河こえて(上)所収、戦災復興鼓舞したラッパ 286頁 南日本新聞社(2000年)


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