01/20/2018

中村晋也美術館へ

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中村晋也美術館(鹿児島市石谷町)

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島津義弘像(JR伊集院駅) 実物大のレプリカが美術館に納められている。

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天璋院篤姫像(鹿児島市黎明館)

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大久保利通像(鹿児島市西千石町) やはり実物大のレプリカがある。

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若き薩摩の群像(JR鹿児島中央駅桜島口)


以上は鹿児島県内にある中村晋也氏の作品の数々だ。先日、中村晋也美術館を訪問した。数多の作品が展示されている。徐に3階へ上がった。薬師寺に納められた釈迦十大弟子像のレプリカが整然と配置されていた。瘦身な、彫りの深いコーカソイド系の顔立ちだ。

島津義弘像や大久保利通像の実物大のレプリカが1階に並んでいた。美術館自体は決して狭くはないのだが、巨大な作品群に囲まれるとかなり窮屈に感じる。実物はとても大きいのだ。それから全国に点在する作品のレプリカも多数公開されている。青森県五所川原市の太宰治像、大阪城内豊国神社の豊臣秀吉像、愛媛県今治城の藤堂高虎像、大阪取引所の五代友厚像等々が目を引いた。

リヒャルト・ワグナーの楽劇「ニーベルングの指輪」をモチーフにした「愛の国伝説」も圧倒される。高さ7.2メートル、幅4メートルあるレリーフだ。ワグナーの作品のなかでも「指輪」の巨大さは群を抜いており、就中、楽劇「ワルキューレ」の第3幕前奏曲「ワルキューレの騎行」は殊に有名だ。「リング」の世界観を具現化している。

2015年、世界遺産の奈良の薬師寺の西塔に、「釈迦八相」のうちの四相を表現した像が安置され、そのうちの「成道」のレプリカが、やはり当美術館に納められている。現世の混沌のなかで、悟りを開いた釈迦の穏やかな表情が印象的だ。

余りにも多くの作品があり、ここで全てを紹介することはできないが、興味が尽きることはないので、また足を運ぶことにしよう。

01/01/2018

謹賀新年2018

Newyear2018

今年、鹿児島は大いに盛り上がることでしょう。

皆様のご多幸をお祈り申し上げます。

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11/29/2017

錦秋の曽木の滝公園

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曽木の滝公園展望台より

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曽木の滝全景 幅210メートル、落差は12メートルある。「東洋のナイアガラ」と称される。久方ぶりの訪問だが、雄大さは不変だ。

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河岸の紅葉が美しい。前日に雨が降ったため、滝の水量は膨大で、その迫力に圧倒される。近くに寄ると、細かなミストが顔にふりかかる。

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下流方面には新曽木大橋の姿。平成23年(2011)11月5日に開通。全長204メートルの斜張橋。ここから更に5キロほど下流には下ノ木場船着場跡(したんこばふなつきばあと)がある。

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河岸に展望テラスがあった。足下には透明なアクリル板が張られていた。滝の落差は10メートル以上あるらしいが、下を直接覗き込むと、さすがに足がすくむ。

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日本気象協会アプリの紅葉情報はドンピシャだった。

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堀之内良眼房顕彰碑が綺麗に修復された。


今年の10月に地元紙による堀之内良眼房顕彰碑修復の報道を目にした。海音寺潮五郎の小説「二本の銀杏」の主人公、上山源昌房のモデルが堀之内良眼房であることは了知していたが、良眼房の顕彰碑が曽木の滝公園にあることは認識していなかった。

また、曽木の滝の上流に位置した曽木大橋が、景観問題を理由に撤去され、滝の下流に掛け替えられることになり、その後の様子を見届けたい思いもあり、曽木の滝公園の紅葉のタイミングに合わせて、それらを確認するため、物見遊山に出かけることにした。

前日が雨であったこともあり、公園内の紅葉は一層艶やかで目映く思えた。滝に目を向けると、水量と流れは明らかに増幅されていた。滝上流にあった橋は、全くその痕跡をとどめず、古より続く大自然の希有な造形美だけが眼前に広がりを見せる。

天保の川浚え  藩政時代、菱刈地方の農民は薩摩藩への年貢米を、川内川下流の宮之城まで運ばねばならず、その負担が余りにも大きかったため、西原八幡神社の社司、堀之内良眼房は農民を救済するために、遥かに手前の下ノ木場に米倉を移設、その前提となる川内川の川浚えの諸計画を藩に進言し、これが認められ工事を指揮した。天保14年(1843)のことだ。

「源昌房は一切を点検し、なお不足なところは追々に補足することにして、工事にかかった。最初からの予定どおり、宮之城に近いところからはじめた。宮之城から少し上流の激湍が一番の難所工事だと思われたので、水の涸れている季節にやってしまう必要があったのだ。」下線部は海音寺潮五郎著「二本の銀杏」新潮文庫278頁からの引用である。

川内川の川浚えのお陰で、菱刈の農民は上納米を地元の下ノ木場まで運べば良く、そこから先は川を利用して下流へ輸送することが可能になった。瀑布の圧倒的な水量を眺めながら、往時の苦難に思いを寄せるのも悪くない。尚、二本の銀杏は工事のあらましを丹念に描写しているが、上山源昌房と郷士頭本郷家当主の妻、お国との不義をも織り込み、作者の郷土への熱い思いが伝わってくるので、一読をお薦めしたい。

SOGINOTAKI(Sogi fall,Isa City))Park has a waterfall called "Oriental Niagara" which is 210 meters wide and 12 meters high. In the park, you can enjoy the cherry blossoms in spring and autumn leaves.There are also many restaurants and souvenir shops.

Sogi fall is in Sendai River, and during the Edo period, NENGUMAI (a system that farmers pay taxes in rice) was shipped on the river. In order to facilitate the transportation of rice, KAWAZARAE (a construction that makes the bottom of the river smoother to advance the boat simply)had began. Thanks to this construction, many farmers had been able to easily pay NENGUMAI to Satsuma clan.

In the park, there is a honorable monument of Horinouchi Ryoganbo who was awarded the construction.


09/29/2017

夏のなごり

鹿児島県の東シナ海に面した吹上浜は長さが50キロ近くある。南さつま市の万之瀬川の河口付近はこの延々と続く吹上浜と程よい海風が作用して、ウインドサーフィンやカイトサーフィンが盛んに行われる。

女性やシニアの姿も見かけた。これらのスポーツの人気の幅の広さが分かる。颯爽と海面を滑走したかと思えば、カイトの浮力を利用して軽々とジャンプする姿が目に留まる。一度その魅力に取り憑かれたら抜け出すのは困難だ。

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快晴の吹上浜。遠方には野間岳が。

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良い風が吹き寄せる。絶好のコンディション。

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Oh,splaaaash!

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好機をのがすべからず。

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吹上浜サンセットブリッジ

There is Fukiage Beach along the East China Sea in Kagoshima Prefecture, and the length is around 50 kilometers. A good sea breeze blows against the beach at the mouth of the Manose River in Minami Satsuma City, so windsurfing and kitesurfing are actively performed.

09/12/2017

乙女座号

マリンポートかごしまに大型クルーズ客船「スーパースター・ヴァーゴ」が寄港し、時間が空いたので現地へ行ってみた。1999年にドイツで建造され、総トン数は75,338トン、全長268m、全幅32m、客室数935室、乗客定員数1,870名、航海速力24ノット、最大速力25.5ノットの豪華な船だ。

船内には和、洋、中華のレストラン、劇場、ジム、ジャグジー、プール、ウォータースライダー、美容室、図書館等が完備し、どうやら退屈する事はなさそう。大阪と横浜の発着があり、鹿児島を経由して上海へ向かい、日本に戻ってくる航路だ。船の中では「よしもと」のショーが催されるらしい。詳しくは公式サイトを!

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巨大な「スーパースター・ヴァーゴ」が接岸中。

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"Virgo"は乙女座の意味。

スーパースター・ヴァーゴの公式サイト

撮影機材:iPhone

08/28/2017

ヴィジョンある都市計画

パリを訪れるものは、その街並の素晴らしさに感動する。凱旋門を中心に大通りが放射状に広がり、他方、シャンゼリゼ通りから振り返ると、彼方に凱旋門が、そしてその遥か先にはグランダルシュ(la Grande Arche)を中心に据えて、副都心の高層ビル群が屹立する。

現在のパリの都市景観は、19世紀のナポレオン3世の都市計画に端を発している。ジョルジュ・オスマンが実際にこの計画を推進し、パリを近代都市へと変容させた。上下水道も同時に完備され、衛生面でも整備が図られた。

鹿児島市は戦時中、本土防衛の最前線に位置していたので、アメリカ軍の空襲による被災率は90%を超えたらしい。これは原爆投下地の広島、長崎のそれを上回り、大都市圏並みの焦土となった。それにもかかわらず、焼け野原となった鹿児島市街地の復興計画は戦後直ちに始まり、武駅(現鹿児島中央駅)を起点とした道路拡張等の都市計画が実行に移された。

この話は私が小学生の頃、何某かの授業で、担任教師から聞かされた覚えがある。戦後の復興計画のお陰で、鹿児島市内の幹線道路はかなり広く整備された。現在の感覚からしても、計画立案者の先見の明には驚かされる。地図で確認すれば分かるが、鹿児島中央駅を出発点に、県道24号、県道21号、ナポリ通り、甲南通りが扇状に広がりを見せる。

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鹿児島中央駅

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ナポリ通りより鹿児島中央駅を見渡す。

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県道21号より鹿児島中央駅を見渡す。

鹿児島市は8月10日に鹿児島市の繁華街天文館、千日町1番、4番街区の再開発ビルのイメージ図を公表した。商業施設「タカプラ」を取り壊し、15階建ての再開発ビルを建設、天文館地区の商業施設の活性化を促す。鹿児島中央駅から伸びた県道21号はこの天文館を貫き、ウォーターフロントへ続く。この再開発は壮大な都市計画の一翼を担うことになるだろう。

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天文館G3アーケード(千日通り) 右手の建物がタカプラ。

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天文館本通りアーケード

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年の瀬の天文館 この界隈の様相も徐々に変わっていくのかもしれない。

鹿児島中央駅を基軸とした当時の都市計画推進の只中に居たのは、鹿児島市復興部の梶山浅次郎氏だった。幹線道路の幅員を50メートルにするという発想は、この頃としては奇想天外なもので、反対も多かったが、輸送手段たる道路の確保を最優先とし、鹿児島港へ続く幹線道路の雄大な整備案は、将来の車社会の到来を先取りしたものであり、その着眼点はお見事というしか無い。

都市計画は哲学とでもいうべきヴィジョンが必要だと考える。それは都市の性格を物語る最たるものだからだ。戦後の混乱期のなかで、子々孫々に伝承すべきヴィジョンを描いた先達の熱い思いを受け継ぎながら、それを更に発展させ、次世代に引き継ぐことが大事だ。現世代が築きつつある鹿児島市の都市計画は、50年先、100年先の人々の厳しい評価に晒される事をお忘れなきよう。

参考資料:かごしま20世紀山河こえて(上)所収、戦災復興鼓舞したラッパ 286頁 南日本新聞社(2000年)


05/28/2017

指宿方面、霧島方面♫

嘉例川駅で写真を撮った帰り、鹿児島空港へ寄ってみた。当日の朝、快晴だったので、写真撮影に勤しもうと決めたのだが、南薩へ行こうか、北薩へ行こうか、思案した。霧島方面がご無沙汰だったので、嘉例川駅に行き、コンディションが良ければ、帰りに滑走路越しの霧島連山を物にしようと決めていた。

ご覧のとおり、快晴に恵まれ、芝生も青みを帯びて鮮やかだった。鹿児島空港内の駐車場は2時間まで無料で、空ナカも整っているので、屋上で霧島の峰々のパノラマを堪能した後は、食事をするというプランもお勧めだ。鹿児島市内からだと、程よい距離があり、楽しいドライブになるはず。

Kirishimayama


05/16/2017

嘉例川駅2017

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嘉例川駅正面 

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ホームを下り方面に進むと、新緑と青空が強烈な輝きを放つ。

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お昼を過ぎ、やがて鹿児島中央駅行きの「はやとの風」が到着。

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外国人観光客が多数乗車していた。停車時間が短いので、写真撮影は大急ぎだ。

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出発は間近。そして慌ただしく列車は駅を離れてゆく。

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駅には静寂が戻った。

久しぶりに寄ってみた。駅の直ぐ近くには大きな駐車場が完備され、また駅舎の「嘉例川駅」の表札は白色からシックな焦げ茶の木目調に架け替えられようだ。嘉例川駅と言えば、明治の面影を残す古い木造駅舎に興味が集中するが、駅の敷地内の植木の剪定や除草も行き届いており、当日も地元の方が除草作業を行っていた。好天に恵まれ、淡い新緑が眩しく思えた。

初めて当地を訪れてから随分年月が経った。微細な変化はあるものの、駅の風格は相変わらずだ。鹿児島空港が近いため、時折遥か上空をジェット機が飛んでゆくが、エンジン音はここまで届かない。「はやとの風」に揺られて、多くの観光客が駅に降り立つが、それも束の間の賑わいだ。思い出したように、ここに足を運ぶのが良いのかもしれない。そう私は思う。

2017年5月撮影

嘉例川駅(発見・鹿児島!blog)
肥薩線(発見・鹿児島!blog)


KAREIGAWA STATION

Kareigawa Station is the oldest wooden station building in Kagoshima prefecture. It has opened since 1903, and was more than 100 years old. Although it is now unmanned station,the old-fashioned building attracts many tourists.

The limited express train (Hayato no Kaze) stops here. Ekiben are sold only at weekends,but they are popular with tourists.


03/05/2017

早春の知覧

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知覧武家屋敷群を貫く通りの向こうには母ケ岳の姿。

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西郷恵一郎邸庭園

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平山克己邸庭園

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武家屋敷通りより三叉路越に望む母ケ岳

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石敢当(せっかんとう) 三叉路の突き当たりに設けられている。一種の魔除けで、中国から琉球を経て、薩摩に伝わったとのこと。

質実剛健なイメージが支配的な鹿児島にあって、雅な趣が漂う知覧の武家屋敷群は「薩摩の小京都」と呼ばれ、華やかさを感じ取れる数少ない場所の一つだ。

武家屋敷通りに沿って、国の名勝に指定された庭園が七つあり、それら主に枯山水様式の庭は、母ヶ岳をも借景に取り入れ、その雄大にして秀麗な姿を今日に伝えている。

CHIRAN SAMURAI RESIDENCES

In the Edo era, the Satsuma clan divided the territory into 102 districts called TOJYO,and created samurai settlements called FUMOTO. Satsuma clan intended not to concentrate samurai in Kagoshima, but to disperse to TOJYO. Chiran was one of them.

Chiran samurai residences, along the winding HONBABA street, has excellent views of the stone wall and the hedge which are located there, and were selected as a preservation district of the Japanese important traditional building group in 1981. Seven gardens are valuable for knowing Japanese garden culture and designate as the scenic spot of Japan.

01/01/2017

謹賀新年2017

Newyear
頴娃町にて

本年が皆様にとって、幸多き一年でありますように。

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