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06/08/2019

石橋記念公園

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西田橋全景  橋の長さは49.5Mで1846年に完成。五大石橋の中で7,000両余りの巨額を費やし、最も絢爛な橋となった。恐らく純然たる石橋の中では日本で一二を争う出来映えだろう。

 

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西田橋と御門  御門は西南戦争で消失したものを再現した。この橋は薩摩藩主が参勤交代の際に利用したため、五大石橋のなかで、唯一欄干の柱に擬宝珠が設けられている。

 

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西田橋  洪水による橋の崩壊を防ぐため、水切りは大きく作られた。

 

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西田橋  擬宝珠を施した柱の真下に要石があるのが分かる。楔石(くさびいし)とも呼ばれる。英名はキーストーン(Keystone)。アーチ全体をしっかりと締め付け固定する役目がある。両側からの圧縮に強いアーチ式石橋のまさに要。尚、アーチを下から覗くと、切石が橋軸(橋の進行方向)に直角に配置されている。地震の多い日本ではこの横列方式が主流。

 

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西田橋 川床の浸食を防ぐために、護床敷石が敷き詰められている。

 

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高麗橋(祇園之洲公園) 橋の長さ54.9Mで、1847年に完成。建設費2,800両。

 

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玉江橋(祇園之洲公園) 橋の長さ50.7Mで、1849年に完成。建設費1,560両。

 

 

平成5年(1993)年8月6日、鹿児島市に100年に一度と言われる集中豪雨が襲来し、甚大な被害がもたらされた。これにより市内中心部の甲突川に架かる五石橋のうち、武之橋と新上橋が流出してしまい、完成より約150年を経て、鹿児島の誇りである歴史的財産を失うことになった。その後、甲突川の河川改修が進められ、流出を免れた西田橋、高麗橋、玉江橋は祇園之洲地区に移設復元されることになった。

工事は平成6年(1994)から平成11年(1999)にかけて行われた。当地は石橋記念公園として整備され、公園内には石橋に関する資料を展示した石橋記念館が併設された。そして石橋記念公園は平成12年(2000)に開園した。具体的には石橋記念公園には西田橋が、隣接する祇園之洲公園には高麗橋と玉江橋がそれぞれ保存されている。

石橋記念館 石橋記念公園内にある常設の資料館で、いわゆる「8・6豪雨災害」の惨状と、壊滅的被害を被った甲突川の五石橋の様子、そして西田橋、高麗橋、玉江橋の移設までの経緯を詳しく紹介している。また石橋の歴史や、架橋工事のノウハウを歴史的な視点を交えて、分かりやすく解説している。鹿児島県下の名所旧跡には数多くの記念館、資料館があるが、ここのクオリティはとても高い。将来、エンジニアを目指す夢をもっているような学生はとても興味が湧くはずだ。入館は無料。

岩永三五郎 甲突川の五大石橋の工事を手がけたのは、肥後出身の岩永三五郎(1792~1851)である。薩摩藩第八代藩主、島津重豪(1745〜1833)が甲突川架橋を命じ、肥後より名工の誉れ高い三五郎が招かれ、この工事を完成させた。彼は「種山石工」の流れをくむ職人で、長崎出身の藤原林七がその祖である。林七は長崎から肥後に移り住み、多くの石工を育てた。尚、通潤橋建設に携わった橋本勘五郎は藤原林七の孫である。

04/10/2019

甲突川河畔逍遥

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満開の発表はなかったが、これはこれは素晴らしい。

 

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大久保利通像 

視線の先には西郷、そして自身をも育んだ下加治屋が。

 

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維新ふるさと館

幕末から明治維新にかけて活躍した英雄たちのことを深く知ることができる資料館。尚、昨年の大河ドラマ「西郷どん」で使用された西郷隆盛の軍服などが新たな資料として展示されている。

 

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二つ家(復元)

下加治屋には70戸余りの下級武士の住居が軒を連ね、座敷のある「おもて」と台所などの生活に密接した「なかえ」とからなる二つ家(ふたつや)が典型的な住居だった。

 

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場所によっては開花が五部咲き位の桜もある。遥か彼方には桜島のすがた。

 

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淡いピンクとスカイブルー

 

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当日もたくさんの市民で賑わっていた。シートを敷いて、お弁当に舌鼓を打つ人、酔いが回って気持ち良さそうな人など様々。嗚呼、日々是好日。

 

鹿児島中央駅から歩いて10分もかからないところに加治屋町と呼ばれる場所がある。ここは西郷隆盛を始めとする、幕末から明治維新にかけて大活躍した英傑たちの住居があった。近くを流れる甲突川に沿って遊歩道を散策してみると、維新ふるさと館、二つ家と呼ばれる下級武士の住居(復元)、西郷隆盛誕生地などが点在し、決して広くはないこの近隣から多くの偉人が輩出したことに驚かされる。

当地の河畔には桜並木が連なり、春になると、桜を愛でるために歩道を闊歩する多くの市民で賑わう。ところで、桜が開花するには、冬に一定期間低温に曝される必要があり、低温から一気に温度上昇することにより、開花に勢いをつける過程が大事であり、これを「休眠打破」と呼ぶらしいが、この休眠打破の効果が、温暖な鹿児島では足りないらしく、従って鹿児島の桜の開花は決して早くはない。

それでも花見がてらの散歩は風情があり、日本人であることをいみじくも実感できる。鹿児島中央駅から近く、小一時間ほどで廻れるところなので、鹿児島の旅に少し物足りなさを感じた方、あるいは新幹線の出発まで少し間がある方は寄ってみては如何だろうか。

 

※諸般の事情により、ブログのアップが遅くなりました。お許しください。今後も「発見・鹿児島blog」をよろしくお願いします。

 

01/01/2019

謹賀新年2019

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オオゴマダラ(フラワーパークかごしま)

昨年は「西郷どん」で大いに盛り上がった鹿児島でした。

今年は鹿児島ユナイテッドFCのJ2での活躍や、奄美・沖縄の世界自然遺産登録への期待が高まるでしょう。

特にプロスポーツに馴染みのなかった県民にとって、鹿児島ユナイテッドの奮起あるプレイが話題の中心になればと願っています。

本年も発見・鹿児島!blogをよろしく。


12/01/2018

清水岩屋公園

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今年、残暑は長引かず、そのまま季節が交替したような気がする。秋を長く楽しめた。昨年よりも紅葉が早まり、11月中にその盛りは過ぎた。もっともこれが普通なのかもしれない。清水岩屋公園の紅葉はやはり素晴らしい。川面に浮かぶモミジが、この時季の刹那を演出しているよう。

清水岩屋公園
南九州市川辺町清水にある。公園内を流れる万之瀬川の清らかさと磨崖仏が有名。春の桜のとともに、秋の紅葉も見逃せない。キャンプ場が併設されているので一年中楽しめる。入園は無料。

10/26/2018

錦江湾公園のバラ

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レオナルド・ダ・ビンチ(メイアン)

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イングリッシュ・ヘリテージ(デビッド・オースチン)

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ジャルダン・ドゥ・フランス(メイアン)

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シェア・マジック(J&P)


めっきり秋らしくなった。秋の花と言えば?優雅で端正な美しさで、万人を虜にする「花の女王」にお出まし願おうか。錦江湾公園の秋バラは咲き始めで、これから十分堪能できる。今度の週末あたりは如何ですか?

※写真には春のバラも含まれています。

10/20/2018

ダイヤモンド・プリンセス

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マリンポートかごしまに停泊中の「ダイヤモンド・プリンセス」

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出航時間が迫り、クルーの動きが慌ただしくなる。

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甲板には横一列に並んだ乗客の姿、そして船を見送る人々。飛行機や列車と違って、船出の時は緩やかに過ぎてゆく。

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巨大客船が旋回する様子は見応えがある。船は一路、中国の厦門(アモイ)を目指す。


日程の上でも、天候の上でも、なかなか都合がつかず、この優雅なプリンセスにお目にかかること叶わなかったが、今回やっとの思いで洋上の艶姿を目撃することができた。出航時間が16:00ということもあり、そのタイミングを狙って車を走らせた。

本年は大型クルーズ船の入港が相次ぎ、港は年初のように混雑することもなく、駐車場も空いており、万事に余裕が持てたのは幸いだった。船はほぼ定刻通り離岸し、汽笛が錚々たる響きを残した他は、極めて厳かに、そして優美に港を後にした。今年のマリンポートかごしまの入港スケジュールは年末まで一杯だ。


ダイヤモンド・プリンセス
プリンセス・クルーズが運用するイギリス船籍の大型客船。三菱重工業長崎造船所で建造され、2004年に就航。総トン数115,875t、全長290m、高さ54m、速力22ノット、旅客定員2,706名、クルー約1,100名。

10/14/2018

ハロウィーン園芸装飾展

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(2016年10月撮影)

今年も「フラワーパークかごしま」でハロウィーン展(10/13~11/4)が始まった。アトランティックジャイアント(Atlantic Giant)と呼ばれる巨大カボチャからカラフルな小振りのものまで、様々な品種が綺麗に飾られて、なかなか楽しい。インスタ映えすると思いますよ。

09/24/2018

宮ヶ浜

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JR指宿枕崎線の宮ヶ浜駅のホーム越しに鹿児島湾、そして大隅半島の山々を望む。ベンチに腰掛けて、ぼんやり海を眺めるも良し、居眠りするも良し。

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宮ヶ浜港防波堤(指宿市西方)  
自然石を積み上げた防波堤がとても美しい。天保5年(1834)に薩摩藩第十代藩主、島津斉興の命により建設された。全長約215Mで、この海岸一帯は公園となっている。国の登録有形文化財。

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ここは捍海隄(かんかいてい)とも呼ばれ、緩やかな曲線を描いている。遥か遠くに魚見岳が、その左手には知林ヶ島が見える。

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宮ヶ浜港防波堤に隣接する公園より

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JR宮ヶ浜駅を通過する特急「指宿のたまて箱」


東京でサラリーマンをしていたころ、中央線のホームで、通過中の松本行き特急「あずさ」を横目に見ながら、今日は仕事を投げ出して、逆方向の信州へ逃避行しようかなどと空想してみたことがあった。無論、そんなことはできるはずもなかったが、休日にそれを叶えたときは気分が良かった。

宮ヶ浜駅のホーム越しに見える海岸のベンチに目を向けながら、今日一日何もせず、ここに佇んでたら、どれほど気分転換ができるだろうか、やはり想像し、やってみたが、実際は30分と続かなかった。それでも空想することはなかなか楽しい。そんな風景がここにはある。

この無人駅に暫くいると、普通列車が到着し、観光客らしき人が降りてきた。そして駅の玄関で待機していたホテルの人と挨拶を交わし、送迎車はそのまま駅を離れた。なるほど、この駅は人々の素敵な旅行を演出してくれるのだ。とてもハッピーな気分で、私は帰路についた。

07/03/2018

鹿児島市電(専用軌道を往く)その2

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二軒茶屋電停に鹿児島駅前行きの2122号(旧鶴岡号)が間もなく到着する。二軒茶屋の名前は旧谷山街道沿いに2軒の茶屋があったことに由来するらしいが、東京の三軒茶屋の場合は茶屋が3軒あったらしい。さらに大阪市の天下茶屋の地名は、豊臣秀吉が此の地で千利休に茶を点てさせたと伝えられているためだ。

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宇宿一丁目電停にて上りホームより下り電車を撮影。1991年8月に撮ったこの辺りの写真も私のブログに載せているが、今回の写真とその当時のものと、あまり変わらないことに驚いた。試しにモノクロ写真に加工してみた。如何だろうか?

鹿児島市電PART3(発見・鹿児島!)


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こちらは元画像。尚、宇宿一丁目電停は1979年に近隣住民の要望で設けられた比較的新しい電停だ。

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宇宿一丁目電停下りホームより谷山行き電車を撮影。当日は気温が上昇し、30℃位あったと思うので、陽炎現象が起きた。電車の姿が揺らいでいるのがお分かりだろうか?500形や600形などの古い車両は、この区間との相性が抜群だ。まさにフォトジェニックな一枚。

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終点の谷山電停
2012年7月1日に鹿児島市電開業100周年を記念して「日本最南端の電停」の碑が建立された。

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谷山電停にて出発を待つ鹿児島駅前行き超低床電車7500形。

私が幼稚園児のとき、家族が引っ越しをして、卒園までの暫くの間、遠距離の電車通園を行った。鹿児島市電に連接車両が走っていたのをはっきりと覚えている。マイカーブーム到来以前の時代だったので、電車は市民にとって普段使いの最たるものだった。もっともそのことで、私が電車に対して思い入れを深めたわけではなかった。

生活の基盤が東京にあった頃、夏休みに帰省した折り、熱心だった一眼レフカメラによる撮影の被写体を求めた末に、故郷らしい情景、すなわち市電を撮ることを私は決めた。元来、一つのことに執着するのが苦手で、鉄道マニアの諸氏のような細かな知識を私は持ち合わせてはいない。乗り物全般に興味があるし、風景や動物写真も撮る。写真全般が好きであり、鉄道のみに固執するわけではない。従って、7500形のローレル賞受賞は、路面電車に再び興味を注ぐ良いキッカケだった。

路面電車の撮影は実に面白い。その性質上、市街地を縫って走る電車は、街並の景観と一体で、時代の変遷や日々の移ろいを端的にファインダーの中に取り込める。私はその点を常に意識して撮る。故郷が刻々と変わってゆくのは、期待感と喪失感の両面があり、それは心の充足につながる。要するに故郷の有り様が気になるのだ。鹿児島は発展し続けるのだろうか?あるいは衰退の一途を辿るのだろうか?故郷を愛するということは自己愛に他ならず、私にとって写真はその投影なのかもしれない。


07/01/2018

鹿児島市電(専用軌道を往く)その1

Tram1
鹿児島市電郡元電停  
イオン鹿児島鴨池店と電停との間に歩道橋が設けられている。長らくダイエー鹿児島店として市民に親しまれたが、イオン九州に吸収され、2015年9月1日より「イオン鹿児島鴨池店」に名称が変更された。写真の電車は右が1000形で左が7000形。1000形は鹿児島市交通局の超低床電車の先駆けとなり、2003年、鉄道友の会よりローレル賞を贈られた。

Tram2
歩道橋より郡元(南側)電停を望む。パースペクティブな眺望と緑化された軌道敷が印象的。尚、緑化の目的は「ヒートアイランド現象の緩和や都市景観の向上を図るため」であり、電車走行中の騒音の低減効果もあるようだ。

Tram3
信号待ちの上り電車(7000形)は郡元電停へ。この車両は2007年4月デビュー。

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涙橋電停  
下りの新型車両7500形(ユートラムIII)が到着。当車両は2017年3月より供用開始し、2018年のローレル賞に輝いた。

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新川4号踏切道(涙橋と南鹿児島駅前の間)手前  
谷山行きの7000形が来た。いよいよ専用軌道区間に突入する。進路が大きくカーブするので、見応えがある。

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南鹿児島駅前電停  
上部はJR九州指宿枕崎線南鹿児島駅のホームで、下部の鹿児島市電に接続している。志學館大学のキャンパスが霧島市から鹿児島市紫原の旧鹿児島女子短期大学の敷地に2011年4月に移転。JR南鹿児島駅や市電の電停を利用する学生の姿を多く見かけた。

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南鹿児島駅前電停の向いには旧谷山街道に面してエレベーターが設置され、ここより紫原陸橋に直結している。


鹿児島市電谷山線の涙橋電停を過ぎると、電車は専用軌道に入っていく。営業区間としては5キロに満たないが、旧谷山街道に沿った路線はのどかな住宅地であり、とても風情がある。市内中心部に向かう併用軌道区間が表通りに敷設され、建物の更新が著しいのとは対照的だ。

私は四半世紀以上前に、この区間を熱心に写真に収めたが、当時と現在とで、印象が余り変わらないような気がした。それでも、そこかしこに微細な変化があり、改めて確認するのもなかなか楽しかった。鹿児島市交通局の新型車両7500形(ユートラムIII)が2018年のローレル賞に輝いたことを機に、鹿児島市民の自慢の路面電車の姿を目に焼き付けたい衝動が私を襲ったようだ。

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