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2015年11月 5日 (木)

彼岸花

12月のNHKのBS映画は小津安二郎監督の作品が特集される。先ずは12月1日に「彼岸花」が放送。里見弴の原作で、小津作品初のカラー映像だ。小津の生誕110年と没後50年となった2013年に、作品はデジタルリマスター化された。これは前の年にNHKがBSで放送した修復版を基にしており、その精度は驚きとなった。監督が好きだった「赤」の発色を追求するために、ドイツの「アグファフィルム」を使った逸話はあまりにも有名だ。

その他の作品は、放送順に「秋日和」「お早よう」「東京物語」、そして遺作の「秋刀魚の味」の修復版がラインナップされており、いずれも小津安二郎の名声を世界的に引き上げた映画だ。殊に東京物語はイギリスの映画協会が発行している2012年の"Sight&Sound"誌において、M・スコセッシの「タクシードライバー」、F・フェリーニの「8 1/2」、O・ウェルズの「市民ケーン」、 S・キューブリックの「2001年宇宙の旅」などの著名な作品を押さえてベストワンとなった。

「日本人で良かったなあ」という謳い文句のテレビ番組があるが、かつて日本人には、かくも素晴らしい美意識があったのだ、と再確認させてくれた名画だ。もう一度、修復されたものが放送される。ビデオレコーダーの録画予約は万全に、最良のクリスマスプレゼントを心待ちにしよう。

2015年7月17日 (金)

映画「あん」

この映画の「鹿児島ミッテ」での上映は今日が最終日だった。平日のしかも朝8:45分からの一日一回限りの上映なので、自宅を出る時間を逆算すると、のんびりしていられなかった。観るのを先延ばししていたが、明日から世間は夏休みで、娯楽大作が目白押しなのだ。

予想通り、観客はまばらだが、そこそこの入りだ。映画通を気取るのも嫌で、観ようか観まいか、迷っていたが、素通りするのも癪なので、足を運んだ。良かった。

どら焼きの生地の作り方はパンケーキとほとんど同じなのだと納得しつつ、美味しそうな出来上がりを眺めていた。徳江(樹木希林)と千太郎(永瀬正敏)の偶然の出会い。ご近所の評判になるどら焼き、そして世間の風当たりの冷たさ、二人の永遠の別れ。予想しやすい展開。でも情景の美しさがとても愛おしい。

ハンセン病患者は、一度療養施設に隔離されると、生涯、家族との繋がりが断ち切られたため、肉親と再会することも、死して遺骨が故郷に帰ることも許されず、療養所内で納骨されることになった。千太郎は徳江の死を知らされた。桜が好きだった徳江のために、お墓の代わりにその苗木が植えられたのだと。

上映が終わり、出口に向かうと、壁に「進撃の巨人」実写版のポスターが。興行収入を考えれば、映画館の姿勢は立派だと思う。この美しい映画に出会えたことに感謝。ドリアン助川氏に感謝。河瀬直美監督に感謝。出演者に感謝。スタッフに感謝。そして映画館に感謝。

P.S.映像の劣化が皆無で、上映最終日まで快適な映画を楽しめたデジタル技術にとりわけ感謝!

映画「あん」の公式サイト

2015年6月22日 (月)

お前たちは最高のパーツ?

やはり足を運んでしまった、TOHOシネマズ与次郎へ。攻殻機動隊の劇場版を観るために。25周年ということだし。

攻殻機動隊の実写版がハリウッドで映画化されるらしいが、過大な期待もしていない。1998年のローランド・エメリッヒ監督の"GODZILLA"も、2014年のギャレス・エドワーズ監督の"GODZILLA"も、DVDで観たが面白くなかった。「我こそはオリジナルを凌ぐ作品を作ってみせます」みたいな気負いが徒となって、全く白けたものとなったからだ。

劇場で原画のコピーが3枚入ったA4版の封筒をもらった。全くのサプライズだったが、とてもうれしかった。しかしサラウンドの音響は凄いけど、うるさくもある。それとこの映画はやはり一般向きではないでしょ。「攻殻」が初めての人にも配慮したそうだが、そういう気遣いは必要ないかも。私自身、内容の半分程度しか分かっていないし。でも「お前たちは私が見つけた最高のパーツだ!!!」なんて草薙素子の決め台詞は良かったよ。

Ghostintheshell
原画のコピーのプレゼントはうれしかった。これを貰えるだけでも来た甲斐があったというもの。

2015年4月 7日 (火)

攻殻機動隊

「攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX」の地上波での放送は2004年に日テレ系で始まったらしいのだが、鹿児島でのオンエアはなかった。その続編である「攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG」の地上波による放送もなかった。但し、これほどの作品なので、DVDや衛星放送などの媒体を通じて、楽しんだ人は多かったと思う。

さて、「攻殻機動隊ARISE」を基調としつつ、新作を含めたシリーズがBS11で4月14日から始まる。攻殻機動隊は、「2001年宇宙の旅」や「ブレードランナー」などから影響されたであろうオマージュを織り込みつつ、「マトリックス」への多大な影響を与えたであろう優れたクリエイターの才覚を感じることもできるのだ。

ところで、シリーズのオープニングを飾った主題歌”inner universe”などを歌ったロシア人のオリガさんは今年の1月に亡くなられたそうだ。とても残念だ。

攻殻機動隊ARISE ALTERNATIVE ARCHITECTUREの公式サイト

2014年12月 3日 (水)

「フューリー」を観て気づいたこと

話題の映画「フューリー」を観に行った。当日は「映画の日」だったので、料金が1000円で済んだ。やはり興味の中心はボービントン戦車博物館で動態保存されているドイツ戦車のティーガー1の登場だ。本物のティーガーが映画で披露されるのは今回が初めてだそうだ。

「フューリー」が目指しているもの、それはリアリティだろう。ティーガーが戦場に姿を現すまでの前段階においても、これほど多くのシャーマン戦車がスクリーンを縦横無尽に走行する姿は今まで観たことがなかった。制作サイドの本気が伝わってきた。

10代のころ、戦車のプラモデルを作るのに夢中になった。テレビで放送される戦争映画は欠かさず観た。「史上最大の作戦」「バルジ大作戦」「大脱走」等々。更に「遠すぎた橋」「戦略大作戦」などの作品がその後に続いた。これらは興行収入を意識して、娯楽的要素を加味した仕上がりとなった。

ところが、オリバー・ストーン監督の「プラトーン」辺りから戦争映画の様相が変わってきた。娯楽性よりもリアリティを追求するようになった。オリバー・ストーンがベトナム戦争に従軍し、その経験から反戦的な意味を加え始めた。この傾向はスティーヴン・スピルバーグ監督の「シンドラーのリスト」「プライベート・ライアン」にも受け継がれた

ただ、戦争映画にリアリティを追求する意図は理解できるが、それが過ぎると、観衆が離れてしまう。アンジェイ・ワイダ監督の「カティンの森」は戦争の現実が強調され過ぎて、正直なところ、嫌悪感の方が勝ってしまった。

「フューリー」にはラテン系や黒人の兵士も登場する。ドイツ人はドイツ語を話す(笑)。車長のドン・コリアー(ブラッド・ピット)もドイツ語を話す。ティーガーの88ミリ砲が炸裂する。シャーマンの砲塔は敵の砲撃で吹っ飛ぶ。戦車の中では、砲弾の装填の様子が克明に映像化される。これも以前にはなかった。

「殺戮」のシーンが「フューリー」においてもリアリティを以て表現されるが、昨今の戦争映画の同様のカットを度々目撃すると、感覚的に慣れて、驚きが消え失せる。実際の戦争でも人間は次第に「殺戮」に慣れてしまうのだろうか?

監督のデビッド・エアー(David Ayer)は1968年生まれで、アメリカ海軍入隊の経歴を持つ。潜水艦の搭乗経験があり、その知識を活かして「U-571/2000年」で脚本家としてデビューした。今後も戦争映画におけるリアリティの追求は続くだろうが、この映画はマイルストーンと成り得る。万人受けはしないかもしれないが、コアなファンはデビッド・エアーの次回作の上映を心待ちにするはずだ。


2014年11月25日 (火)

浮雲

『俺にできないシャシンは、溝口(健二)の「祇園の姉妹」と成瀬の「浮雲」だ』と、小津安二郎監督の言葉が伝えるように、本作は、成瀬巳喜男の集大成であり、また、日本映画史に残る名作中の名作である。下線部は東宝映画「浮雲」のDVDケースの解説文からの引用である。邦画の知識に疎い私にとって、この説明は私の購買意欲を駆り立てるのに充分だった。

南アフリカでマンデラ氏が大統領に選出される以前、この国ではアパルトヘイトと呼ばれる人種差別政策が行われ、日本は80年代には南アフリカの最大貿易相手国であったため、名誉白人という待遇を受け、日本の会社の駐在員とその家族は、彼の地で広々とした邸宅に住み、黒人などの有色人種を、安い賃金で、メイドとして雇い入れることができ、日本では決して味わえない生活を送れたようだ。そんな彼等も日本に帰れば再び狭い住宅事情を甘受するしなかった。

作品は林芙美子の小説「浮雲」の映画化であり、フランス領インドシナ(現在のベトナム、カンボジア、ラオス辺り。以下仏印と略す。)に、日本軍の進駐に伴い、農林省の研究所々員として赴任した既婚の富岡兼吾と、同じく研修所のタイピストとして随伴した幸田ゆき子は、仏印で泡沫の恋に溺れることになる。コロニアル様式の邸宅と現地人のメイドを雇い入れた夢うつつな生活は、日本の敗戦により終わりを迎え、焦土と化した故国に引き揚げるしかなかった。しかし仏印での豪奢な生活と富岡との恋の闇路から抜けきれず、ゆき子は戦後の日本の貧しさに絶望し、富岡を求め続けてしまう。

幸田ゆき子を演じた高峰秀子だが、私が観た数少ない彼女の映画からの印象では、非常にポジティブで、屈強な、現代の女性からも支持されるであろう雰囲気を漂わせる女性像があるのだが、この映画では、弱々しい、男に従属的なすがたを披露している。実際、本人は成瀬監督の出演依頼をはじめは固辞していたようだ。

富岡兼吾を演じた森雅之の本名は有島行光で、小説家の有島武郎の実子である。成城高校から京大へ進んだエリートで、言うまでもなく、画家の有島生馬、小説家の里見弴は叔父にあたる。知的で、毛並みがよく、そのうえハンサムであり、黒澤映画を始めとする大作に数多く出演した。

その他、伊香保温泉の飲み屋の主、向井清吉には、「七人の侍」で七郎次を演じた加東大介、その妻おせいには「秋日和」や「秋刀魚の味」などの小津作品にも出演した岡田茉莉等が登場する。アメリカ兵のジョウ役にはロイ・ジェームスが扮してるが、彼は東京下町生まれで、小気味良い江戸弁を話し、ラジオやテレビで活躍した。映画では英語訛りの日本語を使い、米兵になりきっているのが妙に可笑しい。

映画は原作に忠実に描かれている。小説が新潮文庫版の場合、450頁を超える大作であるため、細部までの描写は無論叶わぬところだが、林芙美子の代表作の魅力を損なうことなく、秀逸な出来映えとなっている。鹿児島ロケでは桜島の普遍的な姿や、西田橋であろうか、甲突川に架かる石橋の姿が映り、とても懐かしい。鹿児島港にはかつて貨物列車の軌道が敷設されていたのだ。

富岡が、ゆき子に「屋久島って言う国境の島なんだ。」と、新しい赴任地を説明するシーンがある。トカラ列島や奄美群島が日本に復帰するのは小説が発表された後のことであり、屋久島は文字通り「国境の島」だったのだ。鹿児島は林芙美子にとって、辛い思い出ばかりかもしれないが、ゆき子が屋久島で絶命するシーンを眺めていると、些少ながら鹿児島に懐かしさを感じていたのかもしれない。そう思いたい。


2014年9月19日 (金)

不倫とヘッツァー

第2次世界大戦を舞台にした映画は数多あるが、「ハノーバー・ストリート」は観たことがなかった。副題に「哀愁の街かど」とあり、また物語もイギリス駐留のアメリカ兵と旦那がイギリス軍の将校である妻との恋愛であり、この系統の作品は、ヘミングウェイの「武器よさらば」とか、リチャード・ギア主演の「ヤンクス」とか、少なからずあるので、興味が今ひとつ湧かなかった。

NHK-BSで放映されたので、とりあえず観てみた。主演のデビッド・ハロランはハリソン・フォードで、お相手のマーガレットは レスリー=アン・ダウン。そしてその夫役のイギリス人将校には「サウンドオブミュージック」「空軍大戦略」等のクリストファー・プラマーがそれぞれ演じている。この頃のハリソン・フォードは「スターウォーズ」シリーズや「ブレードランナー」などに出演し、俳優として頭角を現しつつあった。

この映画をラブストーリーとして捉えると、平凡で、余り推挙できないのだが、もう一つの角度、即ちマニアックな戦争ものとして眺めると、「へ〜」なのである。本物のB−25が画面一杯に現れ、編隊を組んで、ドイツ占領地を空爆する。監督のピーター・ハイアムズはかなりの航空マニアなのだそうだ。監督の意向が反映しているわけだ。

後半では、フランス人の農家に囲まわれているところをドイツの憲兵に密告され、ハロラン等がバイクで逃走する場面があるが、追っ手にはなんと「ヘッツァー」が登場する。そう、「ガルパン」でカメさんチームが38t戦車を改造キットを使って、無理やりヘッツァーに作り替えたが、本物のヘッツァーが映画に登場するのだ。

視点を変えれば、別lの楽しみ方もできるが、このあたりに触手が伸びてしまうマニアックなあなた、少し気をつけましょう。

2014年4月 6日 (日)

ロードムービー

日本語には和製英語というものがある。ややこしいのは和製英語であるにもかかわらず、それが日常で定着してしまい、私も含めて、日本人が普通に使っている点だ。野球用語の「デッドボール」とか「ランニングホームラン」、あるいは「フリーダイヤル」とか「バックミラー」の類いだ。それは簡単な単語を並べた、ベタな使い方として共通している。私はOld Boy(=OB)は完全な和製英語だと思っていた。同じように、ロードムービー(Road Movie)も和製英語だと思っていた。

ロードムービー(英語でもRoad Movie)とは、映画の主人公が旅をすること、そして道中で出会う人々との交流が、彼のその後の人生に大きな影響を与える、という点が共通しているだろう。ウィキペディアを眺めると、その範疇にはフェリーニの「道」「イージーライダー」「真夜中のカウボーイ」「スケアクロウ」「パリ、テキサス」「レインマン」などがある。邦画だと山田洋次監督の「寅さんシリーズ」「家族」「幸福の黄色いハンカチ」等がある。鹿児島にかかわり合いのある作品だと同じく山田監督の「十五才 学校IV」、そして是枝裕和監督の「奇跡」などもロードムービーに属する。

私はクリント・イーストウッドが大好きだ。中学生になると、父兄が同伴しなくても映画館に行くことが出来るようになり、当時流行のブルース・リーのドラゴンシリーズを観るために天文館の映画館に足を運んだ。二本立ての映画のもう一方の作品がC.イーストウッドの「ダーティ・ハリー2/(1973)」だった。

彼のファンになると、必然的に彼の出演作品に興味を惹かれる。「ダーティ・ハリー2」に続いて「サンダーボルト(原題:Thunderbolt&Lightfoot)」が翌年(1974)封ぎられた。この映画は「ダーティ・ハリー2」で脚本を担当したマイケル・チミノの初監督作品であり、70年代のアメリカ映画の特徴が色濃く表現されている。画面一杯に疾走する馬鹿でかいアメ車、コーヒーショップの情景と、カウンター越しに客のオーダーを取るウエイトレスのかわい娘ちゃん、ド派手な拳銃の打ち合いなど、いずれもこの時代の「らしさ」を演出する。

「サンダーボルト」もロードムービーの「亜種」あるいは「派生系」として捉えても構わないだろう。映画の発端から幕切れまでずっと車が絡んでおり、この映画の個性ともなっているからだ。主演のC.イーストウッド(サンダーボルト)の他に、「キングコング」「トロン」「トロンレガシー」「タッカー」等に出演したジェフ・ブリッジス(ライトフット)、「シャレード」「エアポートシリーズ」「アイガーサンクション」等、そして邦画の「人間の証明」「復活の日」に出演したジョージ・ケネディ(レッド)が共演している。G・ケネディのレッドの役回りはオードリー・ヘップバーン主演のシャレードの「スコビー」のそれとほとんど同じなのが妙に可笑しい。

かつては稀代の銀行強盗として名を馳せ、現在は世を忍んで牧師として露命を繋いでいるサンダーボルトだったが、強盗仲間のレッドに金を持ち逃げしたと勘違いされ、命を狙われる。レッドに追われる途中、偶然にライトフットと出会い、歳の差はあるものの、馬が合い、行動を共にし、かつて襲った銀行の現金強奪に再び挑むことになった。以上が凡その筋書きだが、この映画の面白いのは、70年代の全くステレオタイプなアメリカ映画の特色が死ぬほど恋しいところにある。

銀行強盗成功の暁に高価なキャデラックを手に入れ、颯爽とハイウェイをかっ飛ばす情景を頭に描く映画の主人公の様なんて、恐らく今の若いアメリカ人なら失笑するに違いない。そんな70年代の価値観が今となっては懐かしい。

2013年11月 2日 (土)

死の棘

映画「死の棘」は島尾敏雄の同名の小説「死の棘」が原作であり、小栗康平監督によって1990年に映画化され、同年、カンヌ映画祭でパルムドールに次ぎ、審査員グランプリに輝いた名作である。但し、それほど古い作品でないものの、鑑賞する媒体が限られ、視聴するのが困難であったが、アップルのiTunesに作品が掲載されていることを知り(しかもかなり廉価で)、観ることにした。

「おまえ、どうしても死ぬつもり?」との敏雄の問いに、「あなた様と言いなさい。」とミホが応える、いわば禅問答のような場面から物語は始まる。率直な感想だが、映画の方が簡潔で、解り易いと思えた。小説は500頁を超える大作ながら、敏雄とミホの押問答が延々と続き、そのなかに「死」と隣接した情景が幾度も展開され、読む側の気分も次第に萎えて行く。

新宿で乗りかえるとき、妻は奇声をあげて出口の階段のほうに駆け出した。(中略)あいつがいた、あいつがいたと目を据えて妻は叫んだ。」下線部は島尾敏雄「死の棘」新潮文庫180頁からの引用。あいつとは浮気相手を指しており、ミホは常に幻覚に襲われている。

伸一、早く来て!早く、早く。おとうさんが死のうとする!と叫び、ふたり一緒になって手ぬぐいや紐を巻きつけて引っぱっている私の腕にかじりついてくる。下線部は島尾敏雄「死の棘」新潮文庫266頁からの引用。

トシオ、こいつの足をしっかりおさえてちょうだい。あたしの指はもうこわばって動かない。あなた、まさか、こいつの身方をするんじゃないないでしょうね」下線部は島尾敏雄「死の棘」新潮文庫433頁からの引用。映画では浮気の相手(木内みどり)が引っ越した佐倉の新居まで押し掛け、ミホ(松坂慶子)がその女と取っ組み合いの喧嘩を始め、トシオ(岸部一徳)は呆然とその場で傍観している。

私の疑問は何故ミホがこうも粉々に精神が壊れたのかということだ。それについては、鹿児島の「かごしま近代文学館」にて「島尾敏雄写真展」が11月18日まで開催されており、足を運んでその疑問が多少明らかになるのではと考えた。

島尾ミホ(旧姓大平ミホ)は奄美群島の加計呂麻島で生まれたが、学生時代を東京で過ごし、日の出高等女学校(現日の出学園)を卒業後は植物病理研究所で菌の人工栽培研究の助手を務めた。病気を理由に加計呂麻島へ戻ったが、都会的な洗練された雰囲気とその美貌は、当時海軍の特攻隊長として島に赴任した敏雄をも虜にしたのだろう。

目映いほどの海軍士官としての敏雄に惹かれ結婚しながら、一人間としての「トシオ」に浮気され、裏切られたミホの心中は勿論他人が計り知り得るものではないが、彼女は単に「雛には稀な美人」でもなかったことも事実である。

恐らく映画を観た方がこの作品の全体像が捉え易いと思う。小説は島尾敏雄の日記を下地に描かれており、延々と事実たる内容が、文脈をあまり意識せずに記されている。現状ではDVDなどの媒体を入手するのが困難な以上、iTunesを利用するのが良いと考える。

尚、写真展においては、敏雄がミホに書かされた絶対服従の「誓約書」が展示されていて、それはそれとして生々しい事実を垣間見ることができた。


2013年9月24日 (火)

映画「東京オリンピック」

映画「東京オリンピック」は市川崑氏が監督を務めた作品で、1965年3月に劇場公開され、2,350万人の日本人がこの映画に歓喜した。製作費3億5360万円に対し、興行収入は12億2321万円だったのだから全く恐れ入る。以前NHK-BSで放送されたものをDVD-Rに録画していたので、再び観ることにした。

世界93の国と地域からエントリーがあり、5133名が参加。1964年10月10日から24日まで開催された。開会式での入場行進の先頭はもちろんギリシャ。エチオピアの旗手はアベベ・ビキラが務めた。オランダの旗手はアントン・ヘーシンクだ。エジプトの国名は昔の「アラブ連合」となっている。当時東西に分裂していたドイツは統一チームとして一緒に行進。電光掲示板には"Citius,Altius,Fortius"の文字が。より速く、より高く、より強く、という意味のオリンピック標語だ。数多くの種目の中から私が印象に残ったものをここで採り上げてみた。

画面に男子の100M走に出場し、10.0という当時の世界記録タイをマークし、優勝したアメリカのボブ・ヘイズの勇姿が映し出された。東京までは土のトラック(全天候トラックが採用されたのはメキシコから)だ。彼のスタイルはまさにパワー走法。左右の振幅が大きく、空気抵抗を全身に受けている感じ。ウサイン・ボルトやタイソン・ゲイ等、現代のトップアスリートの走法とは全く違う。尚、ボブ・ヘイズはNFLのワイドレシーバーとしてのイメージの方が本国では強いかもしれない。
ボブ・ヘイズ(Wikipedia)

東京での男子走り高跳びの金メダリストはワレリー・ブルメル(ソ連)だった。優勝記録は2.18M。映像をしばらく眺めると、ふと気づくことがある、ほとんどの選手がベリーロールで挑んでいるのだ。そう、メキシコオリンピックの覇者、アメリカのディック・フォスベリーが初めて披露したところから背面跳びは英語で"Fosbury Flop"と呼ばれる。優勝したフォスベリーの記録は2.24M。そして周知のように背面跳びは現在のハイジャンプの主流であり、世界記録保持者はキューバのハビエル・ソトマヨル。2.45Mの記録は20年間破られていない。
ワレリー・ブルメル(Wikipedia)
ディック・フォスベリー(Wikipedia)
ハビエル・ソトマヨル(Wikipedia)

陸上男子10000Mのゴールドメダリストはアメリカのビリー・ミルズだった。彼はアメリカインディアンの血を引く選手で、そのため幼い頃から数多の人種差別を受けた。このあたりについてはウィキペディアに詳しく記されている。ところでセイロン(現スリランカ)のカルナナンダ選手のことを覚えている方も多いと思う。彼は周回遅れで最後にゴールしたにもかかわらず、レースを諦めず走りきり、観客より万雷の拍手を贈られた。そしてこの美談は小学校の教科書でも採り上げられた。
ビリー・ミルズ(Wikipedia)
ラナトゥンゲ・カルナナンダ(Wikipedia)
Incredible Moment As Underdog Billy Mills Wins 10,000m(YouTube)

競泳女子100M自由形はオーストラリアのドーン・フレーザーのオリンピック三連覇がかかっていた。イギリスのSpeedo社の「レーザー・レーサー」を着用した選手が世界記録を連発し、北京オリンピックにおいても急遽日本選手が使用したことは記憶に新しい。50年前の東京オリンピックでは、冷泉麻子も感激しそうな、スクール水着タイプのものが主流だった。しかも優勝したフレーザー選手にいたっては、ゴーグルはおろか、スイミングキャップすら着用していない。記録は59.5秒。現在の世界記録は52.07。表彰式ではイギリス国歌"God save the Queen"が流れた。現在の国歌は"Advance Australia Fair"で、正式採用されたのは1984年だそうだ。因みにドイツ統一チームが優勝した場合、ハイドンが作曲した"Das Deutschlandlied"(モンパイのネタにもされたあの曲)ではなく、ベートーヴェンの「歓喜の歌」が使用された。
ドーン・フレーザー(Wikipedia)
Australia's Olympic Icon - Dawn Fraser - Tokyo 1964 Olympics(YouTube)

ジョー・フレージャーはアマチュアのボクサーとして、東京オリンピックに出場した。モハメッド・アリと死闘を演じたときのイメージからすれば、とてもスリムで精悍な雰囲気を漂わせている。試合後、特に気負う様子もなく、トレーナーと二人、淡々とした表情で試合会場から立ち去る後ろ姿が印象に残った。
ジョー・フレージャー(Wikipedia)
Joe Frazier Annouces Himself On The Olympic Stage With Gold(YouTube)

マラソンは「オリンピックの花」であり、取りを務める種目でもある。エチオピアのアベベ・ビキラはローマに続いて2連覇を果たした。日本の円谷幸吉は国立競技場へ2位で戻ってきたが、トラックでイギリスのベイジル・ヒートリーに抜かれ、3着となった。途中の給水ポイントでは、完全に立ち止まり、ドリンクを飲み干すもの、左手を腰に置いて、堂々とラッパ飲みするものなどがいる。「参加標準記録」が導入された現代では決して見ることのできない、「参加することに意義がある」時代の光景。
アベベ・ビキラ(Wikipedia)
円谷幸吉(Wikipedia)
Tokyo Olympiad - The Marathon(YouTube)

オリンピックは世界の人々と幅広く交流できる良い機会である。1回目の五輪は国威発揚を示す意義があった。コダック社製の35㎜フィルムに映し出された日本人は皆良い顔をしていた。2回目はより成熟した日本国の価値観を示す意味がある。7年後のオリンピックを見事に映像化する担い手は誰だろうか。それも楽しみだ。
東京オリンピック(Wikipedia)

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